読み終えられなかった文学作品を、最後まで読む方法

おもしろそうな名作があるので、ぜひ読んでみたいけれども、どうしても途中で挫折してしまう、という方のために、奇妙な読書法を紹介します。
 
 
まず、青空文庫で、有名な本を探し出してみます。有名でしかも古い本でないとダメです。ページ数がちょうど良いものを選ぶのがコツだと思います。それから、「作家名 題名 朗読」とグーグルで検索します。
 
 
(例) 「泉鏡花 朗読」
(例その2) 「夏目漱石 吾輩は猫である 朗読」
 
これで、読みたい文学の、朗読ファイルをネット上で聞くことが出来ます。これと同時に、名作をテキスト表示で追ってゆきます。そうすると、テレビや映画のように、途中で中断することが出来ずに、するすると、いちおう最後まで読みおえることが出来ます。
 
 
ちなみに、僕は、どうも気が散って読めない時は、朗読ファイルを2倍速で再生しながら、明かりの本の縦書き表示を読んでゆくということをやってみています。それでもゲームやツイッターをやってしまって、期限までに本が読み終えられないときは、ケータイを家に放置して図書館でカンヅメになります。
 
 
それから、古語が難しすぎる本の場合は、秀逸な現代語訳をamazonで購入して、古典といっしょに読みすすめる、ということをやっています。

  
朗読を聞ける文学作品を、いくつか紹介してみます。



縦書き表示で中島敦の「山月記」を読む
 
 


縦書き表示で芥川龍之の「蜘蛛の糸」を読む
 
 
あと、朗読では無くて、演劇として上手く短くまとめた、耳で聞くドラマというのもyoutubeにありました。



夏目漱石の「坊っちゃん」を、縦書き表示で読む





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今月のアクセス履歴

今日は2012年9月のアクセス履歴を紹介します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
 
それでは明かりの本でよく読まれている本を3冊、紹介します。
 
 
源氏物語 第一帖 桐壺
http://akarinohon.com/center/01kiritsubo.html
こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら

これが今月いちばん読まれています。これは、グーグルから検索して訪れる方が多いんです。またツイッターで「源氏ボットがおやすみの言葉を投げかける」源氏物語BOTをぼくがでたらめに運営しているのでそこからのアクセスも多いようです。ぼくはまだ源氏物語全巻を読み通していません。27帖まで読みました。このサイトでの更新を機に、最後まで読んでみようと思います。33帖でいちおう源氏物語は結末を迎え、そして次の世代の物語が56帖までそろっているのであります。
 
 
『春と修羅』 陽ざしとかれくさ ほか 宮沢賢治
http://center.akarinohon.com/?p=1051
 
「走れメロス」 太宰治
http://akarinohon.com/basic/hashire_merosu.html
 
 
この2冊もよく読まれています。


 




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2012年8月のアクセス履歴

 
今日は「明かりの本 2012年8月のアクセス履歴」を紹介します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
 
 
僕の使っているサーバーは安価なものなので、アクセス解析というものは付いていないだろうと思い込んでいたのですが、よく調べてみるとれっきとしたアクセス解析ツールというものがついていて、これを使って明かりの本サーバーのアクセスを調べてみました。「数字や順位は気にしない」というのがここ数年のぼくのモットーなのですが、どれがどの程度見られているのかはやはり気になります。調べてみたところ、2012年8月の【明かりの本】では以下の本がよく読まれているようです。
 
 
 
宮沢賢治童話全集   (ロード時間約30秒)
http://akarinohon.com/kenji/
 
これは、宮沢賢治の童話を順に読んでゆけるように並べたものです。童話を読む順番としてこれが良いのではないかと思って作りました。震災の1ヶ月ほど前から作っていて、ほんとはこれだけを、無言でやるつもりだったんですよ。それが震災が起きていろいろ考えているうちに、今のような形式で、大人向けのむずかしい本も紹介することになりました。

縦書きブラウザの使い方はこちら) 
 
 
  
わがひとに与ふる哀歌 伊東 静雄
http://akarinohon.com/center/wagahitoni_atauruaika.html
 
これが2012年のこの夏に、明かりの本でもっともよく読まれている本でした。これはぼくも一番好きな詩集で、これを公開できたと言うだけでも、このウェブサイトを時間をかけて作って良かったと思っています。本当なら紙の本で有料で配布したいのですが、なんというかそういう努力をするのが苦手なので電子書籍で無料公開という形式になっています。これは何度も読める詩集だと思います。ぼくも何度も読みました。
 
 
 
戦争責任者の問題 伊丹 万作
http://akarinohon.com/basic/sensosekininshano_mondai.html

それから、この本も良く読まれているのであります。ぼくは日本人なのですが日本語がヘタでこの本を上手く紹介できていないのですが、そういうこととは関係なしに、この本へのアクセスが多いです。これはまさに、原発震災後に「責任」と「問題の解析」ということをみなでどう考えてゆくか、ということの50年以上前の正しい例として申し分なく読める本だと思います。学べる本だ、と思います。「だまされた」といったり「奴らが悪い」というだけでは済まない問題について検討されています。
 
 





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新藤兼人監督の100年

 今日は、先月29日に老衰で亡くなられた新藤兼人監督の映画と本のいつくかを紹介します。ぼくは映画業界とまったく無縁な、たんなる創作志望者なのですが、今回は新藤兼人監督の芸術に関して紹介してみたいと思います。新藤兼人監督は生涯を芸術の制作に携わった方で、100歳まで映画と脚本制作を続けられました。

新藤兼人 100歳の流儀
新藤兼人 100歳の流儀


 

 新藤兼人監督がもう数十歳若ければ、震災後の生を描き出す芸術を創ったであろうことは想像に難くない、と思います。それは原爆投下後の広島でGHQからの言論統制がまだ厳しかった時代に原爆映画の構想を組み立て、GHQが日本を去ったと同時期に「原爆の子」という映画を公開した経歴を見ても明らかです。新藤兼人監督はつねにその時代時代の危機に正面から挑んで、個人の力強さや個人と社会とのぶつかり合いを映画化してゆきました。震災後の新藤兼人監督がその後も長く生きておられたなら、はたしてどのような方法で、なにを、どのように表現し時代に訴えかけていったのでしょうか。新藤監督は、大きな不和にぶつかっていって破れたり挫折したり生き残っていく人々を描いてゆきました。どうして当時盛んに作られた数多の映画独立プロが廃業していったのに、新藤監督の会社だけが生き残り続けられたのか。数多くの戦友が亡くなるという激戦の時代になんとか終戦まで生きた新藤兼人監督が、戦後どういうようにアメリカ型の資本主義とは異なるかたちで生きてゆけたのか。新藤兼人監督の映画創作人生を本や映画を通して追ってゆくと、謎であることや、学びたいことがたくさん残されているように感じます。
 
 
 新藤監督映画の特徴を紹介してみます。新藤監督は、松竹という大会社の映画創作をかなり知り尽くした後に独立し、いわゆる集団芸術をやってゆかれました。新藤監督の創作物とその創作秘話を読んでゆくと、新藤監督は「両立」というのをいつも力強く押し出しているように思えます。芸術をやるんだというのと興行をやるんだという、この本来なら相容れないはずのものの2つの両立。普通は一般人には認知されないような芸術か、商業主義になってしまって作家性なんか無いというような商売中心の制作かというような片寄った制作になってしまうところを、芸術と興行とを両立させています。それから個人の力と集団の力の和合というのが出来上がっていて、脚本は一人きりで自由に書いていって、映像制作は皆と出来るだけ距離を詰めて一緒にやってゆく。個人の力と集団の力が両輪になっていて力強い作用が起きている。深刻ということとユーモアということの両立も、新藤兼人映画の特徴だと思います。
 
 
新藤兼人 一枚のハガキ
 
 新藤兼人監督の最後の作品となった「一枚のハガキ」は、自分のすぐそばに居て、死んでしまった人に対する六十数年の思いが込められている映画です。機会があれば、ぜひご覧になってください。
 
 
 亡くなった人に対して一生礼儀を尽くしてゆく。上手くゆかないことをなるべく隠さない。というのが新藤監督の興味深い主義だと思います。長く活躍されたのには理由があるんだと、思えるのです。ぼくが活躍できないのにも理由があって、それは大きな力を持つ人々の創作物を借り受けてごまかしの自己表現をしてしまっているからで、そういうのを改めないと先に進めない。ぼくは自分自身の小さな創作物と、声をかけてもらった出版社との方針とがまるで噛みあわず、なかなかうまく創作環境を作れないということで悩んでいた時期に新藤兼人監督の映画と本とに出会ってそれを読み込んでいったのですが、新藤兼人監督の創作物はとても読み応えがありました。ぼくが知りたいと思っていることの、一つの答えのかたちが指し示されていました。戦中を生きて戦後に文化人として活躍した方というのは、個人的にも社会的にも大きな問題を克服してきたわけで、つまり大きな挫折に直面した人にとっては、もっとも参考になる時代の人々だと思うのです。
 
 
 新藤兼人映画監督は生前の取材にて、このように述べておられます。
「僕が若い人に言いたいのは、駄目だと言われたときに、自分で自分を負けに追い込むようなことを思わないでほしい」
 そうして新藤兼人監督が文化勲章を受章された時には、取材陣に対してこのように述べています。「文化勲章を受賞したからといってお客さんが入ってくるとは思えないんですが。ぼくは社会の底辺を支えている人たちのですね、哀歓を描いていきたいと思っているんです」
 
 
 戦中を生きて戦後文化を担った方々は、「なにを得たか」よりも「なにを克服したか」ということを重視しておられるように思います。「挫折に直面した」という経験をした人にとって参考になるのは、戦後すぐを生きてゆかれた人々である、ということが言えると思います。
 
 
 新藤兼人監督の本と映画とに学んでみると、新しい発見があると思います。

 amazon 新藤兼人
http://www.amazon.co.jp/新藤-兼人/e/B001I7FYKK/ref=ep_sprkl_at_B001I7FYKK?pf_rd_p=97771389&pf_rd_s=auto-sparkle&pf_rd_t=301&pf_rd_i=新藤兼人&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=6D15BA7BB70F410C97A1

 
 
 楽天DVDレンタル 新藤兼人
http://search.rental.rakuten.co.jp/dvdcd/s/?qw=%BF%B7%C6%A3%B7%F3%BF%CD&qc=0
 
 
 amazonDVD 新藤兼人
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_2?__mk_ja_JP




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新藤兼人監督の映画と本

今日は、新藤兼人という映画監督の著作を紹介します。

4月22日の今日、新藤監督は100歳の誕生日を迎えられるのです。
新藤監督は49本の映画を監督し数百本の脚本を書いたすごい方です。いま、新藤監督の故郷の広島で、100歳を祝う映画祭が催されているんです。近くにお住まいの方はぜひ見に行ってください。「愛妻物語」とか、「鬼婆」とか、「生きたい」とか、「三文役者」とか、「一枚のハガキ」とか、名作がたくさん上映されています。

新藤兼人 百年の軌跡
http://hyakunennokiseki.web.fc2.com/


愛妻物語 新藤兼人

愛妻物語 新藤兼人



ぼくは映画業界とまったく縁が無い単なるファンなんですが、新藤兼人映画について紹介してみたいと思います。新藤兼人映画の魅力は、なんといっても迫力とユーモアが絶妙に混じりあっているというところなんだとおもいます。実際にあったことを伝統的物語に昇華していって古典のような迫力を出す、という技法で観客を魅了しています。舞台劇のような迫力があるんです。とにかくリアルなんです。実際に起きた、本当のことを題材にして描いている作品が多いです。どうしても描くことが難しいことを、物語に昇華して、それを映画化している。「原爆の子」はまさに、実際の戦後の広島でどういう苦難があったかを描写していっています。

新藤監督はどうして本当のことを映画に昇華してゆけたかというと、それは新藤兼人監督の著作を読んでいくと、これは明らかに師匠の溝口健二監督の影響なんです。この溝口監督はものすごいこだわりを持った堅物の映画監督であったようで、戦争の時代になっていって、あまり自由に映画を創れないという頃に、忠臣蔵の映画をやってくれという依頼を受けたんです。師匠の溝口健二監督という方は。それで、忠臣蔵の映画を撮るんですが、溝口監督の一番のこだわりは、リアリティをとことん追求すると言うことなんです。本当にあるように見せたい。忠臣蔵の舞台についても実寸で作って、雪の場面を見せるのでも、小道具の綿を降らせるのではなくて、本物の雪を撮影しに遠征したりする。それで、普通なら、ハデに討ち入りのシーンを挿入する映画になるはずの「忠臣蔵」でですよ。溝口監督は「写実主義でいきたいから、嘘のチャンバラは撮れない」と言ってですね。討ち入りのシーンを撮影しなかった。戦時中に見せ掛けの殺陣はふさわしくないと判断されたようです。それでどうしたかというと、討ち入りのシーンは写実主義では描けないから、討ち入りを伝える手紙を深刻に読む、というのを撮影した。たしかにこれは写実です。実際、深刻な事件について、その出来事についてを文章で読むということをやるよりほか無いんです。だから写実としては正しいんだと思います。しかし売れない映画になってしまう。新藤兼人監督は、そういうものすごいこだわりを持った堅物の溝口監督のお弟子さんとして、映画業界でのスタートをきったのです。溝口監督は現場で普通の何倍も時間をかけて撮影するそうなのですが、完成されたシーンを見ると、他の映画には無い写実主義のリアルが封じこめられていて、新藤監督はこの完成度に圧倒された、と後述しているのです。

溝口監督の本物主義というのを、なんとか映画のダイナミズムに乗せていこうというのが初期新藤作品の中心にあると思います。それから新藤監督は、1960年に実験映画「裸の島」を撮ります。これは「沈黙」についてを描いた映画なんです。「沈黙」ということが映画に鮮やかに投影されている。ぼくはこの映画がすごく好きです。新藤監督の著作を読んでみると、この映画を撮った事情が記されていました。新藤監督の立ち上げた会社では資金確保が出来なくなったし、もうこれでお別れだということで、ただただ裸の島を耕して畑にしようとする夫婦の物語を描いた。この小さな島には、水が一つも無いんです。水が無いところで、なにかを育てようとする。ほんとうに何も無いところに住んでいる。なにもないけど、畑を耕そうとする。この島には水がまったく無いわけですから、よそさまのところにいって水を汲んでくることからはじめないといけない。桶に水を汲んできて、バカみたいに舟に乗って、小さな島まで水をもって行って、完全に干涸らびた大地に、水をまく。これをただただくりかえすだけの毎日です。そういう映画を撮った。これでもうやれることは全部やったから、自分の創作人生も終わりだろうと思っていたら、思わぬことに、ソ連の映画祭から表彰されて、世界中で上映された。それで、映画監督としてその後も60年間、映画を撮りづけることが出来た。

新藤監督は、自分の映画人生を振り返ってですね、こういうことを本に書いています。自分のことを描かないとダメなんだ、と。溝口監督や黒沢明監督というような大きな存在の人も、時には「まったくの他人」のことを熱心に描くことがあったわけなんですが、たとえば忠臣蔵のことを描くとかそういうことなんですが、そういう「他人のことを描いた」ときは成功しないんだと言っておられるんです。僕はこれを読んでハッとしました。ぼく自身が成功しない理由がよく判ったんですよ。なるほど、と唸りました。たしかに、新藤兼人監督の映画が成功する時は、自伝そのものを描いている。自分のことを描いている。「裸の島」が絶賛されたのも、それは新藤兼人監督の随筆を読むともう、自分のことを書いているのが明らかで、兼人監督は幼い頃にいつも母親の側に居て、その母親が毎日毎日一生をかけて畑を耕しているのをいつも見てきたからです。自分の記憶を見事に映画に昇華している。まったくのウソから映画を作ったり、まったくの他人のことを映画にしたりしていないんです。だから成功した。失敗するのはまったくの他人のことを無理やり創作しようとするからなんだ、と気付いてショックを受けました。もっと早くに、新藤兼人監督の映画と本を読み込んでいたらなあと思います。

ちょっと正確に引用してみます。岩波の「老人とつきあう」P.186〜187にこう記しています。


何か創作するということは、社会劇を書くにしても、家庭劇を書くにしても、新聞記事の事件を書くにしても、その主人公に自分がなって書いているのです。
客観的に対象を書いているようにみえても、実は自分を書いているのです。ですから最終的には「自分とは何か」ということになります。「自分とは何か」ということをはっきりつかまなければ、基本もつかめないのです。


これが100歳になるまで生涯現役で創作を続けられた新藤兼人監督の思想であるのです。詳しくは著書を読んでみてください。新藤兼人監督著「老人とつきあう」というのは、姨捨山を題材とした「生きたい」という映画を撮ったあとに、自らの映画人生を振り返って、人から受けた恩のことを書いている随筆です。新藤監督は、名作を繰り返し読むことの重要性を説いています。創作を目指している人は、ほんとうに、新藤兼人本をぜひ読んでください。すごい参考になります。新藤兼人監督はご自身のことを「老人」と言っておられますが、やっていることや言っていることは九十代を超えてもエネルギーにあふれているのです。

新藤兼人 老人とつきあう

新藤兼人 老人とつきあう



http://www.amazon.co.jp/dp/4005002811/新藤兼人 老人とつきあう

老人読書日記 新藤兼人

老人読書日記 新藤兼人



http://www.amazon.co.jp/老人読書日記-岩波新書-新藤-兼人/dp/4004307066/

ながい二人の道 音羽信子とともに 新藤兼人

ながい二人の道 音羽信子とともに 新藤兼人



http://www.amazon.co.jp/ながい二人の道-乙羽信子とともに-新藤-兼人/dp/4808305771/ref=ntt_at_ep_dpt_2

本を読んでいると、母親への愛情が深かったことが伝わってきます。新藤兼人監督は自分の実際に体験したことを描くことが多かった監督ですから、次の映画が公開されるのなら、きっと母親のことを描いた映画になるんじゃないかと想像します。それにしても、100歳まで創作を続けられるなんてすごいことですよねえ。妻であり仕事の相棒であった乙羽信子さんとの思い出を綴った本を読むと、新藤兼人監督の映画がより一層鮮やかに見られると思います。

新藤兼人 百年の軌跡

新藤兼人 百年の軌跡



新藤兼人 百年の軌跡
http://hyakunennokiseki.web.fc2.com/






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悪党 新藤兼人





今日は新藤兼人監督の映画『悪党』を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。



今年の夏に日本最高齢九十九歳、新藤兼人監督の映画『一枚のハガキ』が公開されるのですが、それに先立って、新藤兼人の過去のDVDを、この七月初旬から紹介してみようかと思います。『悪党』というこの映画を見た事が無いという人は、一度手に入れてご覧になってみてはいかがでしょうか。新藤兼人の数多くの映画のうちのいくつかが、お近くのレンタルビデオ屋にあれば幸いなんですが。代表作はたくさんあります。『狼』『裸の島』『鬼婆』『裸の十九歳』『生きたい』『どぶ』『わが道』など。新藤兼人映画は、一度はまってしまうと、もうほとんど全ての作品を興味深く見てゆけます。




まずはじめに、新藤兼人がどういう映画監督なのかをはっきりと知っていれば、ほぼ全ての映画を観てゆけるんじゃないかと思います。僕がお薦めするのは1952年に発表された映画『原爆の子』です。これは過酷な問題を描き出した物語ですから、どなたにもお勧めできる映画ではありませんが、これが新藤兼人の代表作とよく呼ばれている映画だと思います。





戦後7年目にあたる1952年というのは重要な年で、サンフランシスコ講和条約が発効され、占領軍であったGHQが日本から引き揚げて、日本が新しい時代に向かってゆく年なんです。この年に、新藤兼人監督映画『原爆の子』が封切られます。新藤兼人は戦後すぐの当時、GHQがまだ日本の言論を統制していた頃、とくに原爆については多くの規制があった時代、原爆の被害を受けた子どもたちが書いた作文を読んで、この映画を作りはじめました。そうして映画が発表されるとほぼ同時期に、GHQは日本に民主主義が根付いたということで引き上げています。表現の自由というのが何十年かぶりに甦った、ということを証明している映画です。しかし、原爆投下の正当性を主張する米国政府にとってはやはりこの映画が有名になるのは認めがたい。認めがたいので妨害をする。それでも子どもの正直な思いを丁寧に展開したこの映画は、チェコやポーランドやイギリスなどで大きな反響を呼び多くの映画祭で平和賞を受賞するにいたるのです。新藤兼人はそれで、商業主義の映画ではない、独自の生命観あふれる映画を次々に世に送り出してゆくようになります。この『原爆の子』という映画は、2011年になってアメリカで上映され、核廃絶と平和を考える映画としての評価を得ています。半世紀以上にわたって、そして現在も、社会を熱心に動かしてきたのが、新藤兼人監督の映画なんです。こんな精力的な芸術を若い頃から齢九十九歳になるまで、ほぼ七十年(七十年もですよ!)ものあいだ作りつづけられた、という人は他には誰も居ないわけです。





この『悪党』という映画は、あり得ないような戦争の発端をリアリスティックに描き出している異色作で、戦争が起きるという事の虚しさを、ある場面ではこっけいに、またある場面では正面から描き出しています。前半はいかにも悪しき男という感じの師直(もろなお)が阿呆のように美女に横恋慕するという、滑稽なさまが描かれます。馬鹿な父ちゃんという感じで見てゆけるわけです。それが後半になるに従って、意思疎通の決定的な欠如から戦が始まる。いっけん荒唐無稽な戦の元凶を描いているのですが、権力の悪用というのが確かに存在していて、それが連続性を持つ文化から切り離された環境において個人の内側でどんどんと肥大してゆく様は、まるで嘘であるとは思えないわけです。見ている私たちは、自分の内側にある悪というものが炙り出されるような思いをするわけです。






あるシーンで、武士達が戦っているんですが、そこで血が見えないんですよ。流血が見えない。見えない。見えない、ということがもうすごい信念で迫ってくる。血が見えない、体が見えない、生きた人間が見えない、という唸り声のようなものが迫ってくる。



amazon DVD
http://www.amazon.co.jp/悪党-DVD-新藤兼人/dp/B00005LJV4







【映画監督 新藤兼人の軌跡】テアトル新宿 【上映期間】7/23(土)~8/5(金) 
http://www.ttcg.jp/theatre_shinjuku/topics/detail/7957
 
2011年夏 公開映画 一枚のハガキ
http://www.ichimai-no-hagaki.jp/







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