宮沢賢治 気のいい火山弾

今日は宮沢賢治の「気のいい火山弾」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ぼくはこれを何回か読んだことがあるんですが、また読んでみました。
 
 
宮沢賢治の童話なんですけど、ちょっとだけ難読の漢字があって「稜かど」というのはこれは、漢字源にはこう書いています。


《訓読み》かど
《意味》{名}かど。物の、きわだってすじめのついたかど。▽数学用語では、多面体の隣りあった二つの面が交わってなす直線。〈類義語〉→角。
[改訂新版 漢字源 株式会社学習研究社]
 
 
こちらのページにふりがな付きの用例が載っていました。
 

主人公のベゴ石には、この稜が無くって、まるい。卵をちょっとだけ平たくしたような形をしている、石なんです。火山弾と言えばいかめしくてかどかどしい石が多いかと思うんですが、ベゴ石は丸い。
 
 
この主人公のことを、宮沢賢治はこう書いています。
 
ベゴ石は……(略)……非常に、たちがよくて、一ぺんも怒おこったことがないのでした。
 
ベゴ石は、いつもからかわれて悪口を言われてしまうようなヤツなんです。しかし気がいいので、一ぺんも怒ったことがない。
 
 
稜石たちはくりかえしベゴ石を馬鹿にして、大笑いしている。静かな主人公との、この対比がなんだか良いんです。賢治の描く登場人物は、画一化していないところがひとつの顕著な特徴なんだなと、思いました。それから賢治の独特なオノマトペがすてきでした。
 
 
作中の「おみなえし」は秋の七草の1つで、wikipediaには黄色くて愛らしい写真も載っていました。
 
 

 
 
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こぞうさんの おきょう 新美南吉

今日は新美南吉の「こぞうさんの おきょう」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
最近、「子ども風土記」という、遊びのことを研究した本を読みはじめたので、文学に於いて遊びはどう捉えられているのかちょっと探してみたんですけど、どうも調べ方がヘタなのか、太宰治が友だちの家に「遊びにいった」という記述ばかりが見つかって、近代文学でどういうように遊びが描かれていったのか、よく判らなくなりました。
 
 
その中で、遊びのことが中心的に描かれている童話を見つけたので、今日はこれを紹介します。新美南吉が、幼い子どもの一日を描写しています。童話が好きな方は、ほんと今回のはおすすめです。
 
 
ところで、wikipediaの『梁塵秘抄』の頁に「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。」という有名な歌が掲載されていました。この今様歌がどうも好きなんです。
 
 
北原白秋が「洗心雑話」という随筆で、この梁塵秘抄についてこう書いています。
 
 

 遊びをせむとやうまれけむ
 たはぶれせむとやうまれけむ。
 遊ぶ子どもの声きけば
 わが身さへこそゆるがるれ。

 梁塵秘抄のこの今様はまことに童の心に通うたものである。全く子供の遊びを見てみるほど心の晴れるものはない。子供は遊ぶ、遊んで遊んで遊びれる。子供が遊ぶ時には身も魂も遊びにうちこんで了ふ。それが鬼ごっこにせよ、かくれんぼにせよ。心から遊び恍れてみる子供を見てゐると、そこにはただ遊びそのものばかりしか見えない。そこには遊ぶ子供の命ばかりが光物のやうに燃えあがるのみである。遊びの形なぞは眼に入らない。全く見てゐる人の心までがうちゆらいでくる。
 さうなると遊びも尊い。三味とはこの遊びの妙境に澄み入ることである。
 私心を去るがよい、眞に童のやうになってほれぼれと遊び恍れたがよい。畢竟するに藝術は遊びである。
 
 

 
 
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とうげの茶屋 小川未明

今日は小川未明の「とうげの茶屋」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
お正月に読みたい童話を探していてこれを発見しました。小川未明と言えば、季節感と動物の描写がみごとなんですが、今回はひとりのおじいさんの物語です。ずっと長い時間をかけてやってゆく仕事って、良いなあと思いました。
 
 
とうげの中ほどにある茶屋で、一人はたらいているおじいさんに、息子が手紙を送ってきたシーンがすてきなんです。
 
 
子供向けに、フリガナと読点を多くして記されていて、きっと子どもに読み聞かせする童話なんだと思います。大人の方もちょっと読んでみてください。オチがすてきでした。
 
 

 
 
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タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった 宮沢賢治

今日は宮沢賢治の「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
明けましておめでとうございます。2018年の元旦です。近代文学の魅力は、現代文学よりも自然界や農業と密接であるところだと思うんですが、宮沢賢治は農学校の先生で、農家の子どもを描いたのがみごとなんだと思いました。
 
 
作中に出てくる『藤蔓』でいったいどういうものが作れるのか、ちょっと調べてみたんですが、縄文時代から編み細工の材料として使うことがあったそうです。藤蔓は現代ではほとんど使われていないです。おそらく賢治の時代も、それほど役に立たないものだったんだと思います。
 
 
『白樺の皮』というのは、現代でも工芸品で使われているんです。タネリのお母さんがいているコナラの実は、wikipediaによれば、岩手の美味しい食糧だったそうです。
 
 

 
 
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幸福の王子 オスカー・ワイルド

今日はオスカー・ワイルドの「幸福の王子」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
有島武郎の「燕と王子」という作品があってぼくは好きなんですけど、これの原典が、今回紹介するオスカーワイルドの「幸福の王子」です。
 
 
2つの作品はとてもよく似ているんですけど、ひとつ違っているところは、ワイルドの原典のほうには、あしが登場するところです。ツバメは葦に恋をして、それで南国への出発がちょっと遅れてしまった。
 
 
ツバメのほうが中心的に描かれていて、この愛らしい描写がみごとなんです。物語の展開が華麗ですよ。冒頭の葦の揺れ動くさまの描写だけで、魅了されてしまうんです。ワイルドは、2人組を描くのがものすごい上手いですよ。とくにツバメの動きから連想されるような、動物らしい可憐で移り気な性格の描写がうまいんだなあ……と溜息をつきながら読みました。
 
 
あと、wikipediaでツバメのことをちょっと調べてみたら、ツバメは人間なら3年以上かけてやることを、たったの1カ月でやり終えちゃうんですね。何も無いところから巣作りをはじめて、タマゴを産んで育てるまで、たったの1カ月です。びっくりしました。
 
 

 
 
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クリスマスの贈物 竹久夢二

今日は竹久夢二の「クリスマスの贈物」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
画家の竹久夢二が、幼子の独特なこだわりや、愛らしい話しぶりを描きだしています。5歳か6歳くらいに読み聞かせる童話として、書いたんだと思います。この童話、オチが好きなんです。
 
 
竹久夢二は、どのくらいじっさいの子どもと近いところでこれを書いたんだろう……と思いました。かなり近くに居ないと書けないような、生っぽい子どもの声の、描写だと思います。書き手と書かれるものとの距離というのが気になりました。記憶やイメージの鮮明な人はしかし、遠い人もあざやかに描きだしたりするんですけど。
 
 
クリスマスらしい童話でした。
 
 

 
 
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はだかの王さま アンデルセン

今日はアンデルセンの「はだかの王さま」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは、2年前くらいにすでに紹介したもんなんですが、もっかい掲載します。じつに奇妙なパレードがとりおこなわれるストーリーで、なんとも言えず、好きな童話です。今の時代に見たら、まあこの王さまはなんて楽しい人なんだろうと思いました。
 
 
ぼくは宮沢賢治が『どんぐりと山猫』で取り扱った、裁判の寓話がとても気になっていて、どんぐりたちが、背くらべや、言い争いをし続けていて、いつまでたっても終わらず、ずっと騒動を続けて誰がいちばんえらいのかを決めたがっている中で、そこでは主人公は、物語上すんなりと、いちばんえらいのはこうだと言うんです。
 
 
  「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです。」
 
 
それで言い争いは終わって、すっかり元どおりのどんぐりたちと森の世界が戻る。子どもの頃に、この物語を知って、そうか、別にえらくなろうとしなくて良いじゃん、と思って、のび太くんみたいに生きてみるという方針もあるなと思って楽しくなったのをよく覚えているんですけど、自分一人の悩みは解決したけど、じゃあ現実の権力の場面で、こういうことになったら、世界全体が壊れてしまう。
 
 
宮沢賢治が言おうとしたのは、そういう権力者じゃ、無かったはずだと思って、賢治がここで述べている、「まるでなっていない」というのは、今大問題になっている人々とやっぱりかなり真逆なんだろうなとか、彼らは甚大な資産を集められるだけの知力と組織力があって、戦略はゼロでも戦術に長けているし、こういう危険なものをえらいとは、想定していないはずだろうと思って、けっきょく「自分たちの無知を思い知ることができて、ただあのどんぐりたちのように、しんとしてしまった人たち」のことを賢治は寓話で表現しているんじゃなかろうかとか、解釈をしつつ再読しました。
 
 
アンデルセンの「はだかの王さま」は、こんな人が現実にいたら、きっととんでもなく変なことになってしまいそうなんですけど、物語で読むと、何ともいえず愛らしいというか、いつまでもこう、見ていられる世界なんです。不思議な寓話だなあ、と思いながら再読しました。
 
 

 
 
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