幸福の王子 オスカー・ワイルド

今日はオスカー・ワイルドの「幸福の王子」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
有島武郎の「燕と王子」という作品があってぼくは好きなんですけど、これの原典が、今回紹介するオスカーワイルドの「幸福の王子」です。
 
 
2つの作品はとてもよく似ているんですけど、ひとつ違っているところは、ワイルドの原典のほうには、あしが登場するところです。ツバメは葦に恋をして、それで南国への出発がちょっと遅れてしまった。
 
 
ツバメのほうが中心的に描かれていて、この愛らしい描写がみごとなんです。物語の展開が華麗ですよ。冒頭の葦の揺れ動くさまの描写だけで、魅了されてしまうんです。ワイルドは、2人組を描くのがものすごい上手いですよ。とくにツバメの動きから連想されるような、動物らしい可憐で移り気な性格の描写がうまいんだなあ……と溜息をつきながら読みました。
 
 
あと、wikipediaでツバメのことをちょっと調べてみたら、ツバメは人間なら3年以上かけてやることを、たったの1カ月でやり終えちゃうんですね。何も無いところから巣作りをはじめて、タマゴを産んで育てるまで、たったの1カ月です。びっくりしました。
 
 

 
 
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クリスマスの贈物 竹久夢二

今日は竹久夢二の「クリスマスの贈物」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
画家の竹久夢二が、幼子の独特なこだわりや、愛らしい話しぶりを描きだしています。5歳か6歳くらいに読み聞かせる童話として、書いたんだと思います。この童話、オチが好きなんです。
 
 
竹久夢二は、どのくらいじっさいの子どもと近いところでこれを書いたんだろう……と思いました。かなり近くに居ないと書けないような、生っぽい子どもの声の、描写だと思います。書き手と書かれるものとの距離というのが気になりました。記憶やイメージの鮮明な人はしかし、遠い人もあざやかに描きだしたりするんですけど。
 
 
クリスマスらしい童話でした。
 
 

 
 
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はだかの王さま アンデルセン

今日はアンデルセンの「はだかの王さま」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは、2年前くらいにすでに紹介したもんなんですが、もっかい掲載します。じつに奇妙なパレードがとりおこなわれるストーリーで、なんとも言えず、好きな童話です。今の時代に見たら、まあこの王さまはなんて楽しい人なんだろうと思いました。
 
 
ぼくは宮沢賢治が『どんぐりと山猫』で取り扱った、裁判の寓話がとても気になっていて、どんぐりたちが、背くらべや、言い争いをし続けていて、いつまでたっても終わらず、ずっと騒動を続けて誰がいちばんえらいのかを決めたがっている中で、そこでは主人公は、物語上すんなりと、いちばんえらいのはこうだと言うんです。
 
 
  「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです。」
 
 
それで言い争いは終わって、すっかり元どおりのどんぐりたちと森の世界が戻る。子どもの頃に、この物語を知って、そうか、別にえらくなろうとしなくて良いじゃん、と思って、のび太くんみたいに生きてみるという方針もあるなと思って楽しくなったのをよく覚えているんですけど、自分一人の悩みは解決したけど、じゃあ現実の権力の場面で、こういうことになったら、世界全体が壊れてしまう。
 
 
宮沢賢治が言おうとしたのは、そういう権力者じゃ、無かったはずだと思って、賢治がここで述べている、「まるでなっていない」というのは、今大問題になっている人々とやっぱりかなり真逆なんだろうなとか、彼らは甚大な資産を集められるだけの知力と組織力があって、戦略はゼロでも戦術に長けているし、こういう危険なものをえらいとは、想定していないはずだろうと思って、けっきょく「自分たちの無知を思い知ることができて、ただあのどんぐりたちのように、しんとしてしまった人たち」のことを賢治は寓話で表現しているんじゃなかろうかとか、解釈をしつつ再読しました。
 
 
アンデルセンの「はだかの王さま」は、こんな人が現実にいたら、きっととんでもなく変なことになってしまいそうなんですけど、物語で読むと、何ともいえず愛らしいというか、いつまでもこう、見ていられる世界なんです。不思議な寓話だなあ、と思いながら再読しました。
 
 

 
 
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飴チョコの天使 小川未明

今日は小川未明の「飴チョコの天使」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは小学生向けの童話です。小川未明は、いろんな動物の視点を描いてきた童話作家ですけれど、これはチョコの空き箱に描かれた天使が主人公なんです。え? そこを書くのか! と思いました。
 
 
小川未明は、言葉を発しない幼子が持っている多くの思いのほうを描きだしてきたと思うんですけど、今回の童話は、そのすみっこのすみっこのほうにある、一つの存在が旅をする物語です。
 
 
ものすごく小さな存在の、じっと黙っているものの意識を言葉で描きだす、というのがその……小川未明を読むと、うまく喋れなかった幼い頃には、たしかな思いがあったというのを思いだすんです。
 
 

 
 
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街の子 竹久夢二

今日は竹久夢二の「街の子」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
竹久夢二は、画力が高いわけでもないのに、深い印象を残す絵を、あまたに描きだした画家なんですけれども、今回の童話を読んでいて、その観察眼の慥かさが、竹久夢二の主要な魅力なんだと思いました。子どもと芸術に関する観察がもう、すごいんです。
 
 
この「街の子」という童話は、ある映画を好きになった子どもの話なんです。
 
 
子どもは、そのーなんというか、ものが「ある」、とか行為を「する」とかいう原始的なところに強く反応するわけで、すべり台だったら「すべる」ことをもう徹底して、何回も繰り返してしまう。全体の流れとかモノと人々との関係性とかをすっとばして、行為自体に極端に意識をかたむけてしまう……、というこどもの特徴が、映画と接するときにも如実にあらわれていて、こういうことを成人したあとの自分も体験できてしまったら、すごいなと思うんですけど、竹久夢二は、こどもがすべり台でほんとに笑っている、というような原始的な感覚を、大人にも判るように書いてしまう。こりゃすごい童話だ……と思いながら読みました。
 
 
こどもがほんとに楽しみにして、映画の世界に入りこんでいっている。純粋に映画を見ている。という描写が秀逸なんです。本文に、こう記されている箇所があるんです。
 
 
  春太郎は、ジャッキイ・クウガンが大好きで、ジャッキイの写真はたいてい見ていました。だからもう今では、ジャッキイの顔を見ると、長い間のお友達のような気がするのでした。
 
 
この、すこしさみしいような一文を読んで、なんだかマタイ伝の『さいはひなるかな、悲しむ者。その人はなぐさめられん。』という言葉を無意味に思いだしました。
 
 

 
 
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母を尋ねて三千里 アミーチス

今日はアミーチスの「母を尋ねて三千里」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは、昔アニメでもやっていたのを見たし、何回か読んだものなのですが、再読してみると、冒険譚としての設定がしっかり作られていて印象深い話しなんだなと、改めて思いました。
 
 
少年が無謀な旅をするんですけど、誰もがそうしたくなる原因というか環境がある。「ぼくがやるんだ」というのがすんなりとこう、入ってくる物語なんです。
 
 
あとアミーチスは、主人公の名をマルコとしており、これは……マルコ伝を意識して書いたのか、調べてみてもちょっと判らなかったです。ただ、マルコ伝のことを調べてみると、その特徴として、マルコはまだ幼すぎる、ということや、母とマルコとの関係がポイントだったり、またマルコはいろんな人に積極的にくっついて関わってゆくので、自分としては、この少年マルコは、あるていどマルコ伝のマルコを意識して書かれたんだろうと、勝手に空想し……ようと思ったんですけど、やっぱりぜんぜん関係無いようにも思います。
 
 
それから、この「母を尋ねて三千里」のもともとのかたちは、「クオレ」という長編小説があって、そのなかの一部分として「母を尋ねて三千里」というマルコの独立した物語が入っているんです。そのへんのことは、wikiに詳しく書いていました。
 
 
オチをはっきり覚えてはいなかったもんですから、最後どうなってしまうんだろうと、ハラハラして読めました。物語の終わりの、その先の展開は、読者の想像に委ねているところがあって、そこがやっぱり文学の魅力だなあと思いました。
 
 

 
 
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夜 竹久夢二

今日は竹久夢二の「夜」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは画家の竹久夢二の童話なんです。こういう夜は幼いころたしかに、あったように思うな、ということを書いています。全く新しいことを描くのではなくて、実際にあったことをこう、みがいて美しくするというのが、竹久夢二のやっていることのように思いました。
 
 
母親が娘に、夜の月を見せるところがすてきなんですよ。
 
 

 
 
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