2012年8月のアクセス履歴

 
今日は「明かりの本 2012年8月のアクセス履歴」を紹介します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
 
 
僕の使っているサーバーは安価なものなので、アクセス解析というものは付いていないだろうと思い込んでいたのですが、よく調べてみるとれっきとしたアクセス解析ツールというものがついていて、これを使って明かりの本サーバーのアクセスを調べてみました。「数字や順位は気にしない」というのがここ数年のぼくのモットーなのですが、どれがどの程度見られているのかはやはり気になります。調べてみたところ、2012年8月の【明かりの本】では以下の本がよく読まれているようです。
 
 
 
宮沢賢治童話全集   (ロード時間約30秒)
http://akarinohon.com/kenji/
 
これは、宮沢賢治の童話を順に読んでゆけるように並べたものです。童話を読む順番としてこれが良いのではないかと思って作りました。震災の1ヶ月ほど前から作っていて、ほんとはこれだけを、無言でやるつもりだったんですよ。それが震災が起きていろいろ考えているうちに、今のような形式で、大人向けのむずかしい本も紹介することになりました。

縦書きブラウザの使い方はこちら) 
 
 
  
わがひとに与ふる哀歌 伊東 静雄
http://akarinohon.com/center/wagahitoni_atauruaika.html
 
これが2012年のこの夏に、明かりの本でもっともよく読まれている本でした。これはぼくも一番好きな詩集で、これを公開できたと言うだけでも、このウェブサイトを時間をかけて作って良かったと思っています。本当なら紙の本で有料で配布したいのですが、なんというかそういう努力をするのが苦手なので電子書籍で無料公開という形式になっています。これは何度も読める詩集だと思います。ぼくも何度も読みました。
 
 
 
戦争責任者の問題 伊丹 万作
http://akarinohon.com/basic/sensosekininshano_mondai.html

それから、この本も良く読まれているのであります。ぼくは日本人なのですが日本語がヘタでこの本を上手く紹介できていないのですが、そういうこととは関係なしに、この本へのアクセスが多いです。これはまさに、原発震災後に「責任」と「問題の解析」ということをみなでどう考えてゆくか、ということの50年以上前の正しい例として申し分なく読める本だと思います。学べる本だ、と思います。「だまされた」といったり「奴らが悪い」というだけでは済まない問題について検討されています。
 
 





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新しい国語教育の方角 折口信夫

 
今日は折口信夫の「新しい国語教育の方角」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
折口信夫(おりくち しのぶ)というかたは、「死者の書」という小説を書いたり、正岡子規の雑誌に歌人として参加したり、北原白秋と「日光」という雑誌を作ったりした詩人でもあり、そして民俗学者、国文学者、国語学者であるのです。一番の専門は民俗学で、かの遠野物語を研究した柳田國男のお弟子さんなのです。その民俗学を研究している時に、いろいろ創作熱が生じたようです。本業が学者なのに芸術家でもあるという人はけっこう多そうで少ないような気がしますです。今後、小説「死者の書」など、いろいろと紹介してゆきたいと思って準備中です。
 
 
この「新しい国語教育の方角」は、折口信夫が子ども時代に読んだ本の話を書いています。子どものための、すてきな読書法としても読めると思います。近松門左衛門や、柳亭種彦を好んで読んだそうです。それで、2歳年上のませた友人がいて、その人が源氏物語などに関する本について、登場人物の心情をうまく教えてくれたりするので、読書欲がもうぜんと燃え上がり、乱読といえるほどあまたの本を読み通した、と記しています。こういった経験がのちに学者になって生きたようです。ためになる読書と言うよりも、面白くてしかたがないので古典をたくさん読んだようです。
 
 
 


こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
http://akarinohon.com/center/atarashii_kokugokyoiku.html
(約15頁 / ロード時間約30秒)
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晶子詩篇全集1 與謝野晶子

 
今日は與謝野晶子の「晶子詩篇全集」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回から10回くらいに分けて、「晶子詩篇全集」を一つ一つ掲載してゆこうと思います。僕は今回、この詩篇全集をはじめて読むのですが、素晴らしい詩集ですねこれは。家の天井裏に鼠が住んでいると。それがどうも福の神のように思われていると。日本のむかしばなしみたいですね。「感情的になるな」と言われがちな現代社会において、こういう素のままの気持ちに触れられる詩集は良いもんだ、と思うんですが、いかがでしょうか。
 
 
秋、露霜(つゆしも)にうたれてコスモスや雑草が哀れであると。自然な気持ちでコスモスに心を重ねている。気持ちが開いている、というのが感じられる詩集です。ぼくは文学を専門的に学ぶ機会が無かったので、今こうして生まれてはじめて晶子詩篇全集を読めるので、これは嬉しいなあと思うんですが。おそらくかつて読んだことがあってひさしぶりに読んでみても、やはり良いものは良いのではないかと思います。言葉づかいが美しい音楽のようにはずんでいるように思えます。与謝野晶子はこう記します。
 
 

    唯だ一事の知りたさに
    彼れを読み、其れを読み、
    われ知らず夜を更かし、
    取り散らす数数の書の
    座を繞(めぐ)る古き巻巻(まきまき)。
 
  
音として捉えても、すでに美しい詩篇です。
これは現代人でも「判る!」と思うんじゃ無いでしょうか。知りたいことがあってそれを知ろうとしていろいろしているんだけれども、それを探している時にすでに心おどっていると。すてきな詩篇です。





こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
http://akarinohon.com/center/akiko_shihen_zenshu01.html
(約8頁 / ロード時間約30秒)
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晶子詩篇全集 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32    


与謝野晶子歌集はこちら





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ランボオ詩集9

 
今日は中原中也が翻訳した『ランボオ詩集』のその9を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
この詩に登場するオフィーリア(オフェリア)というのは、シェークスピアの「ハムレット」に登場する悲劇のヒロインのことです。

ジョン・エヴァレット・ミレイがこのオフィーリアを絵画に描いています。こちらの絵です。
 

John_Everett_Millais_-_Ophelia

John_Everett_Millais_-_Ophelia


 
オフィーリアは小さな川で溺れてしまう。
ランボオはこのヒロインについてを詩で語ります。
 
 
    風は彼女の胸を撫で、水にしづかにゆらめける
    彼女の大きい面帕を花冠のやうにひろげます。
    柳は慄へてその肩に熱い涙を落とします。
    夢みる大きな額の上に蘆が傾きかかります。

    傷つけられた睡蓮たちは彼女を囲繞き溜息します。
    彼女は時々覚まします、睡つてゐる榛の
    中の何かの塒をば、すると小さな羽ばたきがそこから逃れて出てゆきます。
    不思議な一つの歌声が金の星から堕ちてきます。
 
 
ランボオは15歳から19歳までのわずか4年間のあいだに生涯において全ての詩を書いたのですが、その頃には、異様な恋愛というのが横たわっていたのです。当時は戦争が始まり、家庭が崩壊し、金持ちの男に体を売るというような行為もしていたそうです。そしてポール・ヴェルレーヌという詩人と抜き差しならない男同士の恋愛を繰り広げた。そういう時代にランボオは死と生とを詩に焼き付けていったのであります。生活が荒れながら、どうしてこんな普遍的で静謐な詩をかけたのでしょうか。文学の謎です。歴史に「もしも」はあり得ないといわれますが、ランボオの文学上の師が、もっとより長きに渡る文学生活を営むよう教えていれば、生涯現役の文学者として活動したのだろうと思います。
 
 


こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
http://akarinohon.com/center/rimbaud9.html
(約15頁 / ロード時間約30秒)
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ランボオ詩集1

ランボオ詩集2

ランボオ詩集3

ランボオ詩集4

ランボオ詩集5

ランボオ詩集6

ランボオ詩集7

ランボオ詩集8

ランボオ詩集9

ランボオ詩集10






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レ・ミゼラブル(15) ユーゴー

 
 
今日はビクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル 第二部 コゼット』
『第七編 余談』を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
前回、プティー・ピクプュスという修道院に避難したジャンヴァルジャンとコゼット。前回はこのプティー・ピクプュスの修道院の歴史が語られました。かつてそこでは敬虔な修道女が神に祈りをささげてきたのであります。そこでは所有欲というものが存在していない。私物に見えるもののすべては「私どものもの」として共有されている。そこではこのような会話が繰り広げられています。
 
 
「祭壇の聖体に賞讃と礼拝とがありまするよう」
「永遠に」
 
 
この、「永遠に」という言葉が修道女たちの日々の支えの言葉となっておるのであります。彼女たちにとってキリストは永遠の存在なのであります。修道院では訪れてくる者は「アヴェ・マリア」と言い、これに答えて「グラティア・プレナ」と言う。これは「めでたしマリアよ恵まるる者よ」という意味です。
 
 
コップを壊してしまったり、音符を弾きそこなったりするといったちょっとした過失を行うと、修道女たちは「報罪」をなすのです。「われらの母」たる院長のまえで平伏し礼拝するという行いですね。宗教上の、きびしい躾けがあるようです。ここには孤児をはじめとした幼子も居るのであります。陰気な四壁の中で、子どもの無垢な声だけは明るく響きます。
 
 
あまりに簡素で厳しすぎる規則のため、ある公爵夫人などはこの修道院の寄宿舎に泊まる時に、梨を寝床の枕にそっと隠して、深夜にこれをそっと食べることが唯一の楽しみだったと書き記しています。牢獄か何かのように厳しいところがある修道院なのです。
 
 
この修道院には、奇妙な噂というのがあるのです。それは、アルベルティーヌ夫人についてなのですが、この人は世間ではもう死んでいるという扱いになっているそうなのです。そして、いつも一言も口をきかず歩くと言うよりも浮遊するように歩くので、「あの人は、もう死んでいるのかもしれませんわ」というちょっとした悪い噂を立てられたりするのであります。このアルベルティーヌ夫人の出生の秘密はだれも知ることのできない謎であったのです。修道女にとっては、男の牧師を見ることが禁じられているのですが(すごい規律ですね)、ある日沈黙を貫くアルベルティーヌ夫人はローアンという牧師を見て、思わずこう叫びます。「まあオーギュスト」たしかにローアンという牧師さんの呼び名はオーギュストだった。
 
 
このローアン牧師、なかなかの美男子で、そして良い声で話すのであります。10代の娘たちが恋の妄想をするのにうってつけの若者なのでありました。この修道院では、さまざまな人が訪れる。「百歳の女」という方も登場します。しかし時代の流れと共に、この修道院も衰退の日がやって来ます。老いも若きもこの修道院を飛び去っていった。1845年頃の出来事であります。どうもここらへんの修道院の描写は、完全なる実話のようであります。ユーゴーはこの修道院の盛衰を通して、こう記します。
 
 

     十九世紀において、宗教的観念は危機を閲している。人はある種のことを学んでいない。けれども、一を学ばずとも他を学びさえするならば、それも別にさしつかえない。ただ人の心のうちに空虚を在してはいけない。またある種の破壊がなされている。ただ、破壊の後に建設がきさえするならば
 
 
人々の状況を丁寧に描いていって、最後にこの意見。かっこいいなあと思います。
 
 


こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
http://akarinohon.com/center/hugo207_kozetto2.html
(約35頁 / ロード時間約30秒)


ビクトル・ユーゴー作 豊島与志雄訳

レ・ミゼラブル 第一部 ファンティーヌ (モバイル対応テキスト版はこちら
第一編 正しき人
第二編 墜落
第三編 一八一七年のこと
第四編 委託は時に放棄となる
第五編 下降
第六編 ジャヴェル
第七編 シャンマティユー事件
第八編 反撃

レ・ミゼラブル 第二部 コゼット (モバイル対応テキスト版はこちら
第一編 ワーテルロー
第二編 軍艦オリオン
第三編 死者への約束の履行
第四編 ゴルボー屋敷
第五編 暗がりの追跡に無言の一組
第六編 プティー・ピクプュス
第七編 余談
第八編 墓地は与えらるるものを受納す

レ・ミゼラブル 第三部 マリユス (モバイル対応テキスト版はこちら
第一編 パリーの微分子
第二編 大市民
第三編 祖父と孫
第四編 ABCの友
第五編 傑出せる不幸
第六編 両星の会交
第七編 パトロン・ミネット
第八編 邪悪なる貧民






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『春と修羅』一本木野 宮沢賢治

 
『春と修羅』宮沢賢治
 
 
一本木野
鎔岩流
 
 



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http://akarinohon.com/basic/haruto_shura21.html
(約3頁 / ロード時間約30秒)




『春と修羅』宮沢賢治  (モバイル対応テキスト版はこちら

『春と修羅』序 宮沢賢治
『春と修羅』屈折率、くらかけの雪、日輪と太市ほか 宮沢賢治
『春と修羅』(mental sketch modified)春光呪咀ほか 宮沢賢治
『春と修羅』陽ざしとかれくさ ほか 宮沢賢治
『春と修羅』真空溶媒 宮沢賢治
『春と修羅』蠕虫舞手(アンネリダタンツエーリン) 宮沢賢治
『春と修羅』小岩井農場 宮沢賢治
『春と修羅』青い槍の葉 宮沢賢治
『春と修羅』風景観察官 宮沢賢治
『春と修羅』グランド電柱 宮沢賢治
『春と修羅』滝沢野 宮沢賢治
『春と修羅』東岩手火山 宮沢賢治
『春と修羅』犬 宮沢賢治
『春と修羅』永訣の朝 無声慟哭  宮沢賢治
『春と修羅』白い鳥 宮沢賢治
『春と修羅』青森挽歌 宮沢賢治
『春と修羅』オホーツク挽歌 宮沢賢治
『春と修羅』風景とオルゴール 宮沢賢治
『春と修羅』昴 宮沢賢治
『春と修羅』第四梯形 宮沢賢治
『春と修羅』一本木野 宮沢賢治







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日本人の自然観 寺田寅彦

 
今日は寺田寅彦の「日本人の自然観」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。


最近、田んぼや畑を見るだけで、これに魅了されます。良い田んぼの写真をとりたいと思って、日本の何処に棚田があるのかとか調べたりしました。重機の無い時代に、掘った大地を杵で叩いて硬くして、溜池を作った、という歴史が残されている村があったりして、じっさいにその溜池を見たら、手仕事のすごさというのを感じました。
 
 
北海道の自然って、ぼくはまったく知らないのですが、それでもこの前貧乏人のぼくはめったに買えないトマトを久しぶりに100円で買って食べたんですが、それが北海道産で、あれだけ雪が多い冬を越えて夏にこういう美味いトマトが出来るのかとショックを受け、自分がなんだか10年ぶりに牢屋から出てきた人間のように、もともとあったものに驚くことが多いなと思いました。寺田寅彦の本を読むと、当然のことを納得のいくように見てゆけるよう、思考のフィルターを洗い直してくれているように思えました。寺田寅彦は述べます。
 
 

    人類もあらゆる植物や動物と同様に長い長い歳月の間に自然のふところにはぐくまれてその環境に適応するように育て上げられて来たもの
 
 
かっこいいこと言いますよねえ。人びとが溜池や道や聚落を作ってきたように、自然が人の暮らしと精神を創ってきた、ということでしょうか。寺田寅彦は、地震や火山というものが日本の大地を形作ったのだと説きます。鳥や昆虫が植物の種を運び、動植物界の社会がどう作られているかを読み解き、また西洋では人類が自然界を征服することが目的となるが、日本ではまず第一に自然の慈母の慈愛が深く、また自然界のもたらす過酷さも日本人はどの国の人よりも畏れ、日本では自然に順応することこそが大切であると述べています。それから、建てるべきで無い建造物を現代日本人が建てることに、寺田寅彦は強い批判を行っていて、まさに地震大国の日本では原発は0にすべきだと言うことの、普遍的指摘であると思えました。
 
 
それにしても情報の少ない時代に寺田寅彦がここまで正確な記述をできた、というのはそうとうのことだと思うんですが。戦前の東大恐るべしですね。日本で起きる地震の話とか、なんで昭和初期にここまで完全な考察ができたんでしょうか。寺田寅彦は「天災は忘れた頃にやってくる」という名言をのこした知識人ですが、当時の最新地震学を人びとに判りやすく説いていて、人びとと自然界との関係性の全体を説いています。
 
 


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http://akarinohon.com/center/nihonjinno_shizenkan.html
(約45頁 / ロード時間約30秒)
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