狂人日記 魯迅

今日は魯迅の「狂人日記」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
「月がきれいだ」ではじまるこの「狂人日記」という物語は、かの有名なゴーゴリが書いた「狂人日記」に影響を受けて、異常な心理に陥った人物の物語を日記形式で書いたものです。ゴーゴリの狂人日記では、高貴な女性に恋心を抱いたり自分が王位継承者だと思い込んだりした男が描かれているんですが、ぼくも誇大妄想に突き動かされることが多いので共感出来ます。
 
 
しかし、魯迅の「狂人日記」はもっと怖ろしい内容で、危機的な物語が苦手な人は読まないほうが良いと思います。これはカニバリズムの妄想に襲われた人間が、自分もいつかカニバリズムの犠牲となってしまうのではないかと恐れを抱くものです。これは当時の歴史を改めて調べ直してみると馬鹿にはできない恐怖であると思います。
 
 
魯迅は創作「狂人日記」の他に、自分のことを書いた「魯迅日記」というものを残しているので、今回はこれを紹介してみたいと思います。参考資料は【『魯迅日記』の謎 南雲智】です。
 
 
魯迅は1918年に狂人日記を発表して以来、儒教道徳と不安定な政治に抵抗して文学を紡いできて、アジアで最大の文学者とされているのですが、その作品の数についてはかなり少ないんです。短編小説だけを生涯で三十編ほど書いて、長編小説といえるようなものはありません。寡作の文学者なんです。魯迅はいったい何を主に書いていたかというと、海外文学の批評と翻訳が主なんです。翻訳です翻訳。そういえば魯迅は日本で医学を学んでいたという過去がありますし、海外から何かを得て帰ってきて、旧い体制を根幹から否定し、新しいものを作ると言うのが魯迅の基本的な思想のようです。
 
 
ところで、魯迅が日本のことをどう考えて日本にやって来たかというとですね、魯迅日記によれば、魯迅は「明治維新」について強い関心があったんですよ。魯迅はこの明治維新というものが多くの点で、西洋医学に端を発しているというように考えて、日本に医学を学びに来た、と自著に記しています。しかし医学を土台にして維新をなすというのは、それは甘い考えだったと後述しています。魯迅が異国から祖国へ持ち帰ったものは医学では無く「維新への信念」だったと、本人が書き記しています。革命ですね。魯迅は、清朝帝国の衰退を読み解いていて、新しい人々の思想について考えていた。
 
 
文学批評家の李長之によれば、魯迅は、悲哀や憤怒や寂寞というものを文学に昇華した、旧制度への注意深い批判者であるのだそうです。魯迅は子ども時代からぜんそく持ちだったそうで、これが原因で何度か大患に陥っています。そのような体質もあってか、魯迅は医者を目指したという過去があるんですが、祖国中国に帰ってからは、教育にも強い関心があり、1912年頃に教育部主催講演会の講師や、社会教育司第一科科長をしていたりします。国家の教育方針「孔子を基本とした国民教育」を批判し、美術教育の普及に努めたそうです。たしかに魯迅の作風は、孔子のように総合的体系的ではなくて個々人の情緒を重んじている。
 
 
魯迅が南京から日本に来たのは1902年です。今から110年ほど前。当時は日清戦争が終わったあとで、日本では工場生産という新しい時代が始まっていた。魯迅は日本語を学んで、ジュールベルヌの「月世界旅行」や「地底旅行」を日本語から中国語へ重訳していました。翻訳家の仕事をしながら海外文化を学んでいったようです。魯迅が文学者になることを決意したのは、日本で見た「日露戦争称揚」の幻灯に、自分たちがやすやすと殺されるような姿を見て、国家間の軋轢や差別ということを実感し、「せいぜい見せしめの材料とその見物人になるだけ」である自分たち自身の「心を入れ替える」ことを目指し小説を書きはじめた、と魯迅の「吶喊自序」に記されています。
 
 
ところで、魯迅は故郷の親族からしきりに帰国するよう求められ、かねてから婚約の約束があった朱家の朱安との結婚を迫られていました。魯迅は旧体制の国家に対しては強い批判を行ってきたのですが、親族や家族からの要請にはつねに従うという真面目な性格の男だったようです。親族から勧められるまま、許嫁の朱安と結婚するのですが、これには日本に居た魯迅が「ハハ、キトク」の電報を受けて中国へ飛んで帰ると、それはウソで、魯迅は朱安と結婚させられたというエピソードがあるんです。革新的な魯迅にとっては纏足や文盲などの旧いしきたりを守る妻に、かなり失望してしまったそうです。あらゆる言葉を使って交流することが大好きな魯迅に対して、妻はなにも読めなかったわけですから……。魯迅は妻の朱安と生涯「うまく話すことができない」ままでした。これが魯迅の絶え間なく続く寂寞を形成したようです。魯迅は結婚してすぐに東京に舞い戻ってしまった。そこで小説を書きはじめる。完成した本を売ってみるがまるで売れず、魯迅はがっかりしたそうです。いろいろと挫折する人生のようです。7年間の海外留学は失敗に終わるのです。しかしこの挫折のおかげで魯迅は作家となってゆくわけであります。
 
 
魯迅が祖国で大学の教員となって、許広平という女学生と不思議な交流が生じたのも、おそらくは古い妻と「うまく話すことができない」という挫折があったから、この新しい女性に心から引きよせられていったんだと思います。許広平は自由で活発な女性で、この女学生と手紙でやりとりしているうちに、魯迅は女子師範大学の学内紛争に強い関心を寄せはじめるのです。女の革命が魯迅を再び目覚めさせたのであります。許広平は魯迅大先生に恋をしていたそうで、魯迅の住み家を「秘密の巣」などと書いているんです。許広平との交流があった時期の1926年3月18日に、「三・一八事件」と呼ばれる、反帝国主義の女学生たちが祖国の人々を守ろうとして国務院に対して請願デモを行っている時に、軍警が一斉射撃をして若者たちを数多く殺してしまったという事件が起きました。日本の内政干渉に抗議する学生さんたちが同胞に殺されてしまったのです。許広平は偶然難を逃れたのですが、教え子たちを殺された魯迅は、強い怒りを感じていました。
 
 
このあたりの魯迅の人生を追った伝記については、くわしくは「魯迅日記」の翻訳をした南雲智というかたの本を読んでみてください。
https://www.amazon.co.jp/『魯迅日記』の謎-南雲-智/dp/4484962209
 
 
魯迅と許広平とその仲間たちは、この事件によって逮捕令が出されてしまいます。魯迅は逃亡者となるのであります。この後の魯迅には常に尾行がついてまわるというような状態であったそうです。文化的創造をする方というのは常に、危機と対峙しているのだなあと思います。魯迅は家族を残して北京から脱出します。魯迅がこの頃から求めはじめるのは、文明や社会に対する批評眼をもった若者の育成でした。魯迅は批評家として活躍しながら、許広平との恋愛を重ねてゆくのであります。老熟する作家・魯迅と、自由で進歩的な女・許広平。この2人の恋愛。この2人の個人的な手紙のやりとり。ぼくはこれをもっと見たいんだ、と思いました。……魯迅の元々の妻であった朱安は、魯迅と許広平の間に生まれた赤ん坊について、たいへんに複雑な心境でいたそうなんですが……。
 
 
ところで、魯迅の「狂人日記」には、人を食う悪い人間が居るという妄想が綴られているのですが、評論家のかたによれば、これは儒教道徳が人の生存を脅かしているということを表現するために比喩としてカニバリズムを表現したのだ、と記されています。たしかに魯迅は儒教道徳よりも、個々人の困難や悩みのほうを大切にして居るんだなということを感じました。
 
 
人を食う人など、世界中のどこを探してもごく限られた事件であるのみなんですが、なぜかこの作られた嘘が、現代に強く響いてくるように思いました。最後の一文がとても印象深いです。
 
 

 
 
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 ここからは新サイトの「ゲーテ詩集」を紹介します。縦書き表示で読めますよ。
 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  

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