鳥 横光利一

今日は横光利一 の「鳥」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは横光利一にしてはくだけた文体で、自分のことをバカだとおもっている主人公が書いたようにしるしてあって、リカ子とQと「私」との三角関係のことが描かれています。星新一の小説でも読んでいる気分で読みました。
 
 
妻だったリカ子をQに奪われた「私」は、それを「彼にリカ子を与えたのだ」などと考え出す始末で、どうも頭のネジがいっぽん抜けている。科学の研究をしながら美女との恋愛がからんでゆくという話なんです。「私」はリカ子と結婚したばかりだったのに、なぜかQとの友人関係のほうがクローズアップされる。とにかくどうも目の付けどころが変なんです。Qっていったいなんなんだ、と思えてきます。この小説のタイトルもなぜ「鳥」なのか。いったいいつになったらバードが出てくるのかも、ちっとも判らない。本文にはこう記されています。3つほど抜粋してみます。
 
 
  一言の争いにも彼女はしまいにQの名を出し、独りいる時は絶えず紙の上へQの名を書き、睡眠の時の囈言にもQの名を呼び始めた。

  実はリカ子もQを愛しており、Qもリカ子を愛していたのだと分ってみると、私の狼狽の仕方はもう穴ばかり捜して隠れることよりなくなり出した。かつてのQの美徳のためになされた私達の結婚が、これほども私に不幸を与えたことを私は歎き続けた。
 
  私はリカ子の顔を見せられる度毎に、私とQとの美徳を押し合う悪徳について考えずにはいられなかった。しかもリカ子は私を愛していないにも拘らず、私を憐れむ姿に愛情の大きさをさえ含めなければならぬのだ。
 
  AとQとは、この二人の闘いならどこまでいってもAが勝ち続けるに定っているのだ。その度にリカ子がQを軽蔑するなら、――私はリカ子をQに返したことは彼と彼女とのためには最大の悪徳でさえあったことに気がついた。
 
 
なにがなにやらわからない、マグリットの絵を見ているようなめくるめく短編小説です。
 
 

 
 
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神曲 浄火(13) ダンテ

今日はダンテの「神曲 浄火篇」第十三曲を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回、慈愛という言葉が印象的に記されていて、それで神曲の中でダンテは、この言葉をどう使っているだろうかと思って調べ直してみました。神曲地獄篇では二十六曲でたった一回、そして浄化篇(=煉獄篇)でもこの十三曲で一回だけ使っているんです。まだ二回しか出てきてない言葉です。ダンテは小説家と言うよりも詩人で、まったく詩のように、言葉を印象的に使い、くりかえし積み重ねることの多い作家だと思うんですがもっとも印象的なのはやはり、舟への描写です。地獄篇では、かつてだれもその大海へ出て帰ってきた者の居なかった世界の果てそのものである大西洋のかなたへ向かわんとしている船長が、子への慈愛を想起しながらも、世界の終わりを目指して舟に乗りこんでしまう。その心情をうたった描写に、この言葉が使われています。山川訳はこうです。
 
 
子の慈愛、老いたる父の敬ひ、またはペネローペを喜ばしうべかりし夫婦の愛すら
世の状態人の善惡を味はひしらんとのわがつよきねがひにかちがたく
我はただ一艘の船をえて我を棄てざりし僅かの侶と深き濶き海に浮びぬ
 
 
それから浄化篇十三曲においてはこんなふうに使われています。まずこの十三章における煉獄では、嫉妬羨望の罪を清めることが中心になっています。それゆえに、彼らは、見える眼を天使たちによってふさがれてしまっている。はりがねでまぶたを塞がれています。彼らは生前に、嫉妬に狂い罪をなした人々なんであります。彼らは天使たちからさまざまな歌声を聞く。それは奇妙な不和についてなんです。
 
 
人々を愛の食卓に招きよせては「あなたにおいしいぶどう酒はありませんのよ」と天使は、今めしいているものたちにささやきかける。それから「あなたのこころを傷つける人を愛しなさい」と耳もとで告げる。
 
 
これはいったいどうしたことかと、ダンテは師ウェルギリウスに問います。師はこう答えます。「ここで彼らは、ねたみの罪を、愛の鞭で打たれている」その鞭は、慈愛によって編みこまれている、と言うんです。地獄篇とは異なり、浄化篇では罪と罰の中心に、愛が込められていて、それゆえに苦悩が深まるという描写です。目をふさがれていて、ただ光をもとめてあえぐしかない、という過酷な状況が続きます。
 
 
ダンテはこの現実に震え、あなたたちは必ずいつか光をみる、と言わずにはおれませんでした。一人の女が、現世での罪を告白します。他人の不幸が蜜の味に思えたというのです。ダンテは自分の死後、きっとこの罰を受けるに違いないと確信します。ダンテにも、他人の成功をねたむ嫉妬心というものがあるようです。彼女は、現世の人々に彼女の未来について祈ってくれることを待ちわびているのでした。
 
 

 
 
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女の自分 宮本百合子

今日は宮本百合子の「女の自分」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ごく普通の人が、とくに女性がどうやって良い随筆を書いたりすてきなお話しができるようになるか、ということを作家の宮本百合子が記しています。
 
 
ある田舎の洋服屋の弟子だった男が召集を受けて、やっと戦地から帰ってきて元の仕事に戻れるとなったら、こんどはみずから東京に行ってしまった。娘さんとしては、やっぱりその弟子だった男が勝手に店を辞めて東京に行ってしまって、その下働きを自分がしなければならなくなったことが許せなくて腹を立てていて、そのことを書いた。宮本百合子は、約束を破ってそうそうに店を辞めて都会に出てしまった男についてこう書いています。
 
 
  いい事でないと知りつつそういう風に行動してゆく若い帰還兵の気分には、時代的なものがつよくあって、そのことのなかに何か今の若い者の哀れな不安や動揺もある。
 
 
これはいつ書かれたのかちょっと調べても正確なところが判らなかったんですが、戦後数年目の1940年代後半くらいなんでしょうか……。あるいは1930年代かもしれないんですが。宮本百合子はなかなか手厳しくて、相手側がどういうわけで勝手に東京に去ってしまったのか、そこのところを捉えないと、随筆として上手く無いと言うんですよ。自分の今いる立場を超えて、大衆や他人の状況を理解してゆくという。
 
 
わかっちゃいるけど、そんなむずかしいことそうそうできないと思いました。なにか腹の立つことについてとらえてゆくときに、自分の苦を見つめるだけで無しに、大衆や世相についても見てはどうかと提案されています。宮本百合子はこう書いています。
 
 
  全体の人間関係のいきさつを、今日の世相の一つの姿として理解したら、その娘さんは自分を不快におとしいれた一波瀾から心持の上で何か豊富なものをえてもこられるのではなかったろうか。
 
 
また、こう書いて締めくくっています。
 
 
  自分の行動、感情のいろいろを、ますます自分にはっきりした責任あるものとさせながら、そのような自分の行動、感情の明暗にかかわってきている社会的なものを見て、ひとの生きてゆく有様にも一層深い真情にふれた理解と興味とを抱き得るように…………
 
 
くわしくは原文をお読みください。
 
 

 
 
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神曲 浄火(12) ダンテ

今日はダンテの「神曲 浄火篇」第十二曲を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回は、恐怖の彫像というものが登場します。高慢の罪をおかした人々のおそろしい末路が描かれているのであります。現代で言うと恐怖マンガを読むかホラーゲームをするようなもんかもしれませんが、ダンテはこれをまのあたりにして衝撃を受けます。
 
 
ギリシャ彫刻のように、作り手の銘がしるされていないその彫像たちを見ていて、ダンテはその無名の名工について想像します。煉獄の山の一つをほぼ登り終えたダンテと師は、ついに一人の天使に出会います。彼はダンテのひたいに刻まれた、高慢の罪の印である、7つのPの文字のうちの、ひとつを消し去ります。すると、ダンテはすこし体が安らぐのでありました。
 
 
それから門をくぐると、きわめて美しい歌声が聞こえます。それはこのような歌詞でした。「心のかわきを知る者は、さいわいである」なぜなら、主によって救いがもたらされることの価値を知っているからです。山川訳はこうです。
 
 
我等かしこにむかへるとき、聲ありて、靈の貧しき者は福なりと歌へり、そのさま詞をもてあらはすをえじ
 
 

 
 
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PCで縦書き文庫を読む方法

数年前に、いちど紹介したことがあるんですが、今回はノートブックやPCで小説を読む方法を紹介します。
 
 
ぼくは紙の本よりも、電子書籍を読む割合のほうが増えてきたので、色々と工夫をして快適な読書方法を試しまくったのですが、一番使いやすかったのは、Kinoppyという紀伊國屋が配布している読書アプリでした。これは、タブレットだけじゃ無くて、windowsやmacでも使えるんです。しかも無料です。どんなテキストデータでも縦書きですらすら読めますよ。
 
 
青空文庫形式ならルビもちゃんとふってくれるし、ページ数もある程度把握できますし、なによりもフォントサイズと画面の大きさを自由に設定できるので読みやすいです。これで現代の長編文学を何冊か読みました。kinoppyは、気になった本文をメモ帳に一部コピーペーストして、自分なりの読書ノートをとれるのが便利です。
 
 
テキストファイルをダウンロードするのがややこしいというかたは、「えあ草子」というサイトがすぐに読みはじめられるので読みやすいです。
 
 
あとあのー、ちょっとした紹介文と装画も込みで読みたい方は、「明かりの本」を使ってみて下さい。明かりの本では、2種類の本を用意しています。装画込みのflash版簡易テキスト版の2種類です。「iPadやノートPCなどに対応した、シンプル表示の縦書きテキスト版はこちら」というリンクをクリックすると、簡易縦書き表示されて、けっこうこれが読みやすいんですよ。
 




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神曲 浄火(11) ダンテ

今日はダンテの「神曲 浄火篇」第十一曲を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
いよいよ煉獄の現実が明らかになります。ダンテと師は、高慢の罪を清める現場に立ちあうのでした。彼らは「主の祈り」を歌いながら、重い石をえんえん山の上に運び続けるという仕事をしているのでした。地獄と唯一異なるのは、そこには歌があって、また罪を清め終える確約があり、その先には喜ばしい目的地があるということです。
 
 
しかし考えようによっては、地獄よりもなおいっそう過酷という感じがしました。地獄はもはやどうにもならない世界なので救いは他者からもたらされずにつまり気を遣う必要がまったく無くて、存在しているだけでも満足できるでしょうが、この煉獄では、登場人物が言うようにまさに「もうこれ以上は耐えられない」という重責が存在しています。
 
 
巨大な石を背負って山道をゆき、苦しみながら自分たちの罪を清めようとする彼らは、じつに誠実というか、ひたむきな歌を歌います。「主よ、今日も我らに日ごとの糧を与えたまえ。いと弱き我らを、悪意から遠ざけ救いだしたまえ。こう願うのは、我らのためだけではなく、このあとにやって来る人々のためなのだ」
 
 
 

 
 
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真夏の夢 ストリンドベルヒ

今日はストリンドベルヒの「真夏の夢」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今日はヨハン・アウグスト・ストリンドベリの「真夏の夢」を公開します。これは有島武郎の翻訳した、童話です。
 
 
ヨハン・アウグスト・ストリンドベリという作家を、ぼくははじめて聞いたんですが、これは有名な方なんでしょうか。ちょっとよく判りません。宗教的な描写があるので、日本ではあまり読まれていないようです。
 
 
今年の夏は、一人旅をするいとまも無く、季節感の無い日々を過ごしているんですが、せめて物語の中ででも季節を感じるものを読んでみようと思って、この本を選んでみました。童話と落語の中間のような物語で親しみやすく、するすると読めてしまいました。
 
 
ある母と子が長い旅をします。天国からの使いのハトがですね、「天国へご案内いたしましょう」と死神みたいなことを言うんですが、みんな農作業にいそがしくって相手にしてくれない。
 
 
ハトが「天国へ行ってみない?」とやさしい声でささやいても、みんな開口一番に「いやです」と答えるのが良いなーと思いました。ストリンドベルヒは、登場人物の言葉として、こう記します。
 
 
 まだ天国の事なんか考えずともよろしい。死ぬ前には生きるという事があるんだから
 
 
物語終盤の、母と子と舟の描写が美しい童話です。
 
 

 
 
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