神曲 浄火(21) ダンテ

今日はダンテの「神曲 浄火篇」第二十一曲を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回、ダンテ煉獄篇の、衝撃的な事実が明らかとなります。ダンテが、この一生の中でいちばん知りたかったことだと前章で記したくらいだから、そうとう気合いを入れて書いたんだと思います。
 
 
自分はいままで、今回のダンテのような発想で物語を書いた人をまるで知りませんでした。とにかく人々と天変地異との、衝撃的な結びつきが描かれていて、現実ではあり得ないことなのですが、じつに神話的な描写でした。この煉獄というのは、現実の世界とは異なる原理で動いているわけなんですが、この煉獄で地震の起きるときは、誰かが魂の浄化に至った時なんです。そのとき人は天を目指し、人々は彼を祝福する。山川訳はこうです。
 
 
  たゞ魂の中に己が清きを感ずる者ありて起ちまたは昇らんとして進む時、この地震ひ、かのごとき喊(さけび)次ぐ
 
 
五百年以上もの懲罰に耐えた、ある一人の人間が、ついに魂の浄化にいたり、新しい地へと向かう。そのようなとき、煉獄の人々はみな涙を流してこれを祝福するのでありました。ダンテの師ウェルギリウスの最高傑作「アエネーイス」を尊敬してやまない詩人スタティウスは、ダンテたちをはげまし、この神曲の原題である「LA DIVINA COMMEDIA」の字義どおりの激励を述べます。「君のたいへんな労苦が最後には、幸福へと至らんことを祈る」山川訳はこうです。
 
 
  願はくは汝幸(さいはひ)の中にかく大いなる勞苦を終ふるをえんことを
 
 

 
 
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眼醒時計の憤慨 牧野信一

今日は眼醒時計の憤慨 牧野信一を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは……ただの童話だろうと思って読みはじめたら、盛りあがってくるシーンがはげしくて、ちょっとびっくりしました。文体は明らかに児童へ向けて書いているんですが、内容がこう、悪夢を描くのがリアルすぎるというか、ギョッとする内容でした。なにも凄惨なことは描かれていないのに、ただただ迫力がありすぎでした。もしかすると最近放送されたアニメの第一話の原典になった童話じゃないかなあと、でたらめに空想しました。チャップリンの映画が見たくなってくるような、ちょっとした狂騒が記されています。
 
 

 
 
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神曲 浄火(20) ダンテ

今日はダンテの「神曲 浄火篇」第二十曲を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
貪欲の罪をあがなうこの環道では、さまざまな人々がかつての罪を浄化しているのであります。今回、翻訳が難しくてちょっと何だろうなと思った箇所があって、現代的な平川訳と山川訳とで読み比べてみました。山川訳ではこう書いているんですよ。
 
 
  禍ひなるかな汝年へし牝の狼よ、汝ははてしなき饑ゑのために獲物をとらふること凡ての獸の上にいづ
 
平川訳ではこうなっています。

  呪われてあれ、古狼よ、おまえは際限なく欲が深く/あらゆる獣にもまして多くの餌に喰らいついている!

 
平川訳では、この老いた狼が男であるか女であるかを限定していないのが現代的だなと思いました。この古狼というのが、どうも人々を追いつめて、現世での悪行に至らせてしまったわけなんであります。ダンテも神曲地獄篇のいちばんはじめで、この古狼に追い回されて、人生に惑い、迷いの森に入りこんで地獄に立ち入ることになったわけです。現実のダンテも、さまざまな政治的争いにモロに巻きこまれて、故郷を永遠に去ることになったわけですから、その彼をほんとうに追いつめた悪というのを表現するときに、古狼、という言葉が書き綴られたんだろうと思いました。
 
 
判らないのは、じゃあこの「呪われるがいい」とダンテが言った古狼というのがいったいどういう存在なのかさっぱり理解できなくて、解説にもここのことはとくに記されていないし、どうも古狼というのは、ダンテ神曲の冒頭でダンテをしつように追いかけた牝狼と同じものであるというのは判ったんですが、牝狼とはいったいなんなのか、なぜ呪われるべき存在なのか、ここが判らないと思って、解説や読解本を読んでいると、詩人のエリオットがこの冒頭の牝狼について、「そうしたものの意味に気をかける必要はないと思う。初めは、そんなことは考えない方が良いのである」と記しているのを発見し、なるほど。この謎は詩人によれば、こだわっても無意味なんだなと、いたく納得しました。
 
 
そうして、このおそろしい古狼によって悪の世界へと追いつめられた人々への描写がじつに秀逸でした。山川訳はこうです。
 
 
片側には、全世界にはびこる罪を一滴(しづく)また一滴、目より注ぎいだす民、あまりに縁(ふち)近くゐたればなり
 
 
物語の中盤、地震に見舞われて地面に腹ばいとなりながら祈りの声をあげる人々があまたにおり、その地震が止み、ダンテはその地面に伏す人々に、あなたはどのように悩んでいられるのですか、と一人一人聞いて、そのわけをはっきりと知りたくてたまらなかったのですが、人生でもっともそのことを知りたかったのだ、とまで書くのですが、どうしてもそれを聞いてゆく時間が無く、その場を師と共に離れてゆくよりほか無かったのでした。
 
 

 
 
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石窟 田山録弥

今日は田山録弥の「石窟」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは田山花袋(録弥)の作品です。けわしい山の上にある、とてつもなくおおきな岩を削っていってできた石刻の仏像を見て歩く二人の男。これを創りあげたもののことを想像すると、感動せずには居られないという話です。そういえば、山道の石段をのぼっていて、登るだけでも大変なのに、この手作りでしかない石段の石を、一つ一つ削りだして山道に埋めていった人はどれだけの苦労をしたんだろうかと想像すると、もう気が遠くなるなと思ったことがあります。
 
 
田山花袋はそれから、親しかった異性との関係を築き損ねたことを、親密な時間を作れなくなってしまったことを悔やむ男たちを書いてゆきます。田山花袋独特の内容で魅了されました。自然を見て、歴史的な遺産を見て、それから自分のことについて考える、という一連の流れが完璧だなと思いました。
 
  

 
 
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神曲 浄火(19) ダンテ

今日はダンテの「神曲 浄火篇」第十九曲を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回から、貪欲と大食いと好色の罪を浄化する環道に入りました。セイレーンが登場してダンテを誘惑するんです。セイレーンというのを調べていたら、wikipediaにこのギャラリーが存在していて見ていて面白かったです。こういう絵画です。

Draper-Ulysses_and_Sirens
ハーバード・ジェイムズ・ドレイパー  『オデュッセウスとセイレーンたち』 1909年
 
 
それからフレデリック・レイトンの描いたセイレーンがじつに良いんです。このような絵画を描いた画家たちも、ダンテによればこの煉獄に送られて罪の浄化をすることになるんだろうなあー、と思いました。セイレーン(シレーナ)はダンテにこう歌います。山川訳でどうぞ。
 
 
 その歌にいふ。我はうるはしきシレーナなり、耳を樂しましむるもの我に滿ちみつるによりて海の正中(たゞなか)に水手等を迷はす
 我わが歌をもてウリッセをその漂泊(さすらひ)の路より引けり、およそ我と親しみて後去る者少なし、心にたらはぬところなければ。 
 
 
師ウェルギリウスは妖女への妄念をなぎ払うため、その正体を暴きます。山川訳はこうです。
 
 
 かの女をとらへ、衣の前を裂き開きてその腹を我に見すれば、悪臭これよりいでてわが眠りをさましぬ
 
 
ダンテと師はさっそく聖なる山を登りはじめます。ダンテは異性への郷愁にうつむき続けています。天使は、彼らを祝福し、こう歌います。「悲しみを知るものは幸いなり。その魂はなぐさめを得るだろう」この環道では、貪欲の罪におぼれた人々が、身を横たえ、腹ばいとなって時を待ちつづけているのでありました。
 
 

 
 
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落語・教祖列伝 飛燕流開祖 坂口安吾

今日は坂口安吾の「落語・教祖列伝 飛燕流開祖」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは、戦後すぐに書かれた創作落語なんですが、手塚治虫の戦争描写のようなギョッとする場面が描かれていて、時代性が色濃い物語だと思います。しかし娯楽作品なので、かなり面白おかしく書いています。十手使いの岡っ引きが、現代で言うと警官の使いっ走りが、みごとな体術で犯人をつかまえます。こんなにおもしろく書けて、しかも五十年以上たっても色あせないというのがすごいです。
 
 
岡っ引きというのは現代で言うとどういう人なんだろうと思ってwikiで調べてみると、非公認の警察協力者だ、と書かれていて驚きました。てっきり、警察組織の下っ端なのかと思っていましたが、そうじゃないんですね。賞金稼ぎみたいなもんで、警察と一般人とのちょうど中間に位置する存在のようです。悪人と一般人とのちょうど中間に居るんです。
 
 
中盤で「くらすける」という単語が出てくるんですが、これは山形や福島の方言で、ぶんなぐるという意味だそうです。
 
 

 
 
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神曲 浄火(18) ダンテ

今日はダンテの「神曲 浄火篇」第十八曲を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ふたたび愛と怠慢にかんする議論が続きます。師ウェルギリウスによれば、あらゆる行いは、元を糺すと愛によって生じているというんですよ。不安や憎しみや怒りというのが、じつは愛の歪んだ結果で、そもそもは愛から生じているというこの解説には説得力を感じました。
 
 
ウェルギリウスによれば、愛があればなんでも問題ないわけではなく、それゆえにおそろしいことも起きうるので、そこに配慮が必要だと言うことを述べています。詳しくは本文を読んでみてください。人は善や悪についてさまざまに愛することができて、その燃えあがる愛を抑制する力は、お前たち自身が持っているものだ、とウェルギリウスは述べます。憧れの女ベアトリーチェが述べる「貴い力」というのは、まさにこの、じぶん自身の愛を抑制する力を持つ、自由意志のことを言っている。
 
 
地獄とは異なり、煉獄では太陽もさします。人々は、善き願いと正しき愛にむち打たれて歩んでいる、という描写がありました。善へのこころがけが生温くて、グズになってしまい、怠惰な人生を歩んでしまったという人々がここに居るんですが、まさにこの、生温いグズというのは自分にとってギョッとする指摘だなと思いました。
 
 

 
 
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