陰翳礼讃(5) 谷崎潤一郎

今日は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」その5を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
中国の紙と、西洋の紙と、日本の和紙はやっぱりちがう。和紙はただの実用品では無くって、すでにその紙単体であきらかに美を感じさせる何かがある……。ああ、そうだ紙の本のほうがぜんぜん良いのだと思うところは、モニターの画像とちがってきらめかないところなんだよなあ、とかモニターの文字を追いながら思いました。
 
 
現代の印刷物の奇妙なところは、モニターの画像を見ながら、紙の印刷物の仕上がりを予測しつつ作らなきゃいけないところで、これがぜんぜんモニター上と違う発色をする。もうこれは、映画と原作小説くらい、モニター画面と印刷物ってぜんぜんちがうんですよ。RGBからCMYKに変換する時も違ってくるし、とくに紙だと黒の発色がまったくちがってくる……。光る画面を見ない時代の、谷崎潤一郎によれば、ピカピカ光るのはもうぜんぜん美しく無いんだと。古色を帯びてくるのを、愛するんだと、言うんです。あーっ、そうだったそうだった、ついうっかり忘れていた、と思いながら読みました。
 
 
あの、十九世紀二十世紀初頭に海外に好まれたジャポニズムにどこか違和感があったのは、なんだか総天然色の派手な着物の色とかがヨーロッパに人気だったわけで、侘び寂びの色彩が伝わらなかったところにあるように思いました。
 
 
そういう日本の美の感覚がちゃんと伝わったのは、谷崎潤一郎の陰翳礼賛が、1955年以降にミシェルフーコーに愛読されたあたりからなんじゃなかろうかと思いました。谷崎潤一郎の言っていることは、紙の本の優れた装画にも、通底していることだなあと思いました。
 
 
手でよく触れられて、つやが生じ「なれ」てきたことが判る、その直接には見えてこない穏やかな時間の中に美を見いだす、という描写がすてきでした。
 
 

 
 
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http://akarinohon.com/letters/ineiraisan05.html
(約5頁 / ロード時間約30秒)
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