ともしい日の記念 片山廣子

今日は片山廣子の「ともしい日の記念」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
戦後すぐの、飯の話しを書いているんですけど、すごい美味そうで驚くんです。飢餓がもっとも激しかった時代から、やっと飯がたくさん食える状態へと回復しつつある時期の、ごはんのことを描写していて、迫力がありました。片山廣子は、貧しかったころの献立について詳細に書いているんです。
 
 
作中に、葱を醤油づけにした食事が出て来るんですけど、読んでるだけでお腹が減りました。いちばん困っている頃に、どうやって美味しいものを作ったのか、その詳細を書いています。
 
 
この頃の食糧事情をちょっと調べていたら、戦死者230万人のうち、130万人を越える過半数はどうも餓死だったという学説があって、新聞社もこれを肯定的に書いていました。これは終戦後にも深刻な問題で、新聞社では1939年という第二次大戦が始まるころと比べて、日増しに食糧不足となって、子どもたちの身長と体重と運動能力が落ちてゆき、戦後3年の1948年でさえ悪化し続けていた、という記録がありました。詳しくは「数字は証言する データで見る太平洋戦争 第4回」という記事をご覧ください。
 
 
やっとよい暮らしが出来るようになってきた一方で、戦争孤児が餓死してゆく現実があった時期に、二律背反の状況で片山廣子が戦時中の美味しいごはんとお菓子の記憶を、描いているのが、とても印象に残りました。作中にこう書いていました。
 
 
  ピーナツ、乾柿、梅干砂糖漬、黒砂糖のあめ。こんな物はどこともなく遠くの方からそうつと運ばれた物。
 
 

 
 
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http://akarinohon.com/letters/tomoshiihino_kinen.html
(約10頁 / ロード時間約30秒)
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