ハイネ詩集(48)

今日は「ハインリヒ・ハイネ詩集」その48を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
どうしてそこで「!」マークをつけたのか不思議だ、というところにハイネが「!」をつけている。どこにこの「!」をつけたかというと、海がいでいることについて、ハイネはそれを大声で言いたいようなんです。
 
 
そういえばハイネのもっとも有名な代表作は、ローレライという、ライン川の伝説を描いた詩です。
 
 
ハイネは自然界に対して、目を見ひらいていて、これを歌っているんだなあと、思いました。明るい詩でした。
 
 

 
 
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こども風土記 柳田國男(11)

今日は柳田國男の「こども風土記」その11を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
柳田國男が、子どものごく原始的な遊びのことを書いてるんです。今回描かれている、棒倒しをする遊びはすごく簡単なものだと思うんです。Youtubeの1分動画で見たら、どんな人でも一瞬でルールが判るような、ほんとにかんたんな遊びのことを書いているんです。すごくシンプルな2人遊びだったはずなんです。
 
 
でも柳田がそのことを書いていると、どうもルールがよく判らない。おそらく、柳田は遊び方を伝授しているんじゃ無くって、習俗と遊戯がどういうように繋がっているかを述べているから、遊びのルールがよく判らない。そういう書き方をしているんだろうと思いました。なんだか遠くの国で起きた噂話を聞いているような、曖昧模糊とした印象を受けるんです。
 
 
これたぶん、柳田は、そういうことを目指して書いてるんだなと思いました。妖怪とか、伝説とか、方言とか、アイヌ語とか、あるいは学問上疑問の残る仮説とか……、普通に教育を受けて普通に暮らしていたのでは、判然としないものごとを、あえて柳田國男は描きだしている。
 
 
砂場でよく、棒倒しという遊びをしたことがあります。それとメンコ遊びも。この2つを掛けあわせたような「ねんがら」という遊びを、柳田國男は子供時代によくやっていたそうです。面白い話しなんですけど、こんなかんたんな遊びのルールが判然としないのは、いったいなぜなんだと、言語の伝達の不確かさが気になりました。
 
 
調べてみると、この「ねんがら」というのは、2人くらいで遊ぶゲームで、柔らかい地面に、20センチくらいの棒を投げて突きさして、この相手が突き刺した棒めかげて、自分のをメンコみたいに投げて、バチッと弾いて相手の棒が倒れたときに、自分の棒が地面に突き刺さって立っていたら勝ちで、相手の棒をゲットできる、という遊びだったようです。
 
 
あとどうも柔らかい地面が街から消えてしまったのが、この遊びが消滅した主因みたいです。



 
 
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死のなかの風景 原民喜

今日は原民喜の「死のなかの風景」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは「原爆小景」という詩集の作者原民喜が、戦後の1951年に発表した短編小説です。
 
 
原民喜の初期作品と後期の翻訳を見ていて、いちばん印象に残ったのは、氏はそもそも童話作家からスタートして、最後まで童話について考え続けていた、ということを知ったことです。原民喜はスウィフトの『ガリバー旅行記』のように優れた童話を、いつかみずから描きだして、子どもたちに読ませたかったのだ、と思いました。
 
 
「死のなかの風景」の作中に「彼は」という記述がいくつも出てきます。それから「映画会社」という言葉も。戦争中の人々の生を描きだしているんですが、童話作家として長年培ってきた三人称の物語描写と、日記や随筆とも通底している平易な文章とが入り混じった文体で、物語に引き込まれました。

 
この物語には、「彼」「妻」「母」「友」という記述がほとんどで、固有人名が書かれていないんです。誰からも語られなくなった、誰も思いだすことが出来ない死者について、原民喜が描こうとしたから……なのかもしれない、と思いました。
 
 
作中に描かれるブリューゲルの『死の勝利』という絵画については、野間宏が戦後すぐにこれを描きだしていました。終章も『暗い絵』と通底している物語構成でした。
 
 

 
 
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ハイネ詩集(47)

今日は「ハインリヒ・ハイネ詩集」その47を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ハイネの詩には、暗い描写が多いです。闇夜の墓や、死への欲情について繰り返し描いています。これは現代人に読まれることの少ない要因でもあるかと思うんですけど……ハイネはそれを、甘美さや愛で彩っているのが、この詩集の独特な特徴になっているんだと思いました。
 

甘い眼よ!その眼は勝ち誇つたやうに輝いてゐる
静かに快濶に、しかも愛の思ひに充ち満ちて
 
 

 
 
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こども風土記 柳田國男(10)

今日は柳田國男の「こども風土記」その10を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
木の枝を神に見立てた、そういう民間信仰があったらしいんですけど、アニミズムと近代宗教のすごい融合だなと思いました。なんだかナナフシの動いているところでも見ているような……。柳田國男の文章を読んでいると、日本ってそういう世界観があったんだと、驚くんです。賢治の表現する世界とも、寺田寅彦が描写した日本ともまったくちがうんですよ。
 
 
枝が鉤状になっていることに、神聖さというか、重要な意味があった。登山グッズで言うところの十徳ナイフというか、iPhoneの便利なアプリみたいな万能感覚が、小枝のあの鉤状の形態に見出されていた……そうなんです。それは占いなどにも用いられたし、お地蔵さんみたいに大切にされた。
 
 
柳田國男は、なんだか思いついたことをデタラメに書いてるだけなんじゃないの? とさえ思うことがあるんです。たとえば「鉤懸」と「カンカケ」と「寒霞渓」がじつは関係性が深くて、「鉤懸」と「寒霞渓」は、「元はこの方面にも同じ風習があったかと思われる」と書いているんですが、それって単に、ダジャレからの思いつきで、シンプルなウソを書いてるだけじゃないの……とさえ思うんです。現代の学者さんは、こういう語源の源流のように証拠があやしいものの正誤を、どうやって判定してるんだろうか……と思ったんですけど、辞書で調べてみると確かに、「寒霞渓」はむかし「鉤掛山」とか「神懸山」とか呼ばれていたそうなんです。ダジャレのような、習俗の歴史のような、こんな謎めいたことばの歴史があったのかと、毎回驚きます。
 
 
柳田國男は、鉤の形をした小枝を占いに使ったという、民間の信仰について、こう記します。
 

かつてはまじめに或る旅行の成功するか否かを、鉤によってたしかめてみるという信仰があったのである。
 
またこうも書きます。
 
子どもの遊びには遠い大昔の、まだ人間が一般に子どもらしかった頃に、まじめにしていたことの痕跡こんせきがあるのである。


 
 
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ステッキ 寺田寅彦

今日は寺田寅彦の「ステッキ」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
登山の道具が進化して、山でステッキを使う若い人が居るかと思うんですが……昭和7年の寺田寅彦の時代には、ステッキをつく若者が居たそうなんです。
 
 
そういえば、夏目漱石の『彼岸過迄』にも、若者が使うステッキが出てきたんですよ。日本にそういう流行があったんだな、と思いました。あとイギリスのシャーロックホームズもたしか若いのにステッキを手にしていますよ。
 
 
昔より、現代は道が平たくて、移動距離が少なくなったから、ステッキを使う若者はほとんどいなくなったんだなあとか思いました。 
 
 
寺田寅彦はただちょっとした随筆を書いているだけなんですけど、ここまで精彩に観察していると、まるで小説のようなおもしろさが滲み出してくるんだなあと……すごい白米を食ってる時みたいな、滋味にあふれる文章でした。こんなにもたしかな観察眼があれば、もっとモノを書くのが楽しいだろうなと、スカスカの文章をここにこう書きながら思いました。
 
 
手持ちぶさただからiPhoneを手にして町を歩いている、というのと似たような理由でどうも、ステッキを若者が手にしていた時代があったらしいんですよ。じゃあ近未来にはまた、ステッキ風のApple製品が、出てくるかもしれないなと思いました。指揮棒っぽい何かとか……。
 
 

 
 
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ハイネ詩集(46)

今日は「ハインリヒ・ハイネ詩集」その46を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回も、ハイネの愛の詩が描かれているんです。ハイネは、砂浜にすぐ消えてしまう文字で「おまへを愛する!」と書くのに飽き足らず、星々を作ってそこに愛の言葉を刻みつける、と詩に書き記すんです。この大胆な、ハイネの情熱のおかげで、200年後にもハイネの詩を、こうやって読めるんだなあと思いました。200年という時間を越えてゆくのはすごい熱量がいるもんだ……と思いました。
 

……
あの真紅まつかな噴火口にひたして
その火を含んだ巨大な筆で
暗いそらのおもてにわたしは書かう
『アグネス、わたしはおまへを愛する!』と
 
 
アグネス、というのはハイネの恋人テレーゼのことだそうです。
 
 

 
 
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