智恵子抄(3) 高村光太郎

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今日は高村光太郎の『智恵子抄』その3を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回の詩は1912年(大正元年)に書かれた「涙」という作品です。智恵子抄は1941年に発表された詩集なんですが、読んでいると江戸時代の終わりみたようなこう、漱石よりもはるかに古い時代の人形浄瑠璃を見ているような、印象を持つんです。wikipediaで1941年のことを調べていたら、その年の4月1日に「ドレミファの階名がイロハとなる」と書かれていて、あー、高村光太郎はこういうことを反映したくは無かったはずなのに、時代の気配を濃厚に写しだしているんだ、なあーと思いました。
 
 
高村光太郎は、東京芸大(東京美術学校)で彫刻を学んでから、1906年(明治39)にアメリカのArt Students League of New Yorkで芸術を学んでいった人で、1941年ごろの時代の展開とは、ほとんど逆のことをしています。大正時代と昭和初期の詩が、心の中にストンと入ってきて、年表ではどうもピンとこない時代の空気が、高村光太郎の詩の中に凝縮されているように思いました。
 
 

 
 
こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
http://akarinohon.com/center/chiekosho03.html
(約1頁 / ロード時間約30秒)
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