郷愁 佐左木俊郎

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今日は佐左木俊郎の「郷愁」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
あのー、インターネットが普及してから、距離感がすごく変わったと思うんです。以前、時間のヒエラルヒー(時間軸の日本地図)というのが有名になって、それは東京駅と大阪駅はめっちゃ近いけれども、東京駅から東京都奥多摩町の天祖山はめっちゃ遠いっていうことを目で見分けられるようにした地図なんです。
 
 
ネットが普及して、またこういう地図の変化が起きたような気がするんです。「距離と意味というのがぜんぜんちがうぞ」というのが、現代人の新しい感覚ではなかろうかと、最近思っています。
 
 
マンションの右ナナメ上方に住んでいる人は、距離がものすごく近いんだけど、一生縁が無いはずで意味はそうとう遠い。単身赴任している夫とは距離がすごく遠いけど、意味はそうとう近い。
 
 
そういう距離と意味でギャップの生じる現代化が、こんどは情報や感情においても起きてきたのが、現代だと思うんです。ネットばかり使っている自分が言うのもなんなんですが、この情報と感情の大混雑状況に疲れた場合は、そういうものが整えられた本屋公共図書館のほうへ向かってゆくのが、良いんじゃないかなというのが、自分の持論です……。
 
 
農民出身の佐左木は、この掌編小説で、古里への郷愁のことを書いています。上野駅で、古里への道のりを確認するためだけに、路線地図を見にゆくという、奇妙な癖を持っている男たちの話しなんですよ。かつて、「かなし」というのは、悲しいというのと、愛しいというのと、両方の意味があったそうなんですけど、佐左木の描きだす悲しさにはそれがあるように思いました。
 
 

 
 
こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
http://akarinohon.com/center/kyoshu.html
(約5頁 / ロード時間約30秒)
iPadやノートPCなどに対応した、シンプル表示の縦書きテキスト版はこちら
 
 
 
 




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