ゴリオ爺さん(10) バルザック

FavoriteLoadingお気に入りに追加

今日はバルザックの「ゴリオ爺さん」その(10)を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ゴリオ爺さんはあと二回で完結です。
 
 
ニュシンゲン夫人は恋人と、ほんのしばらくのあいだ別れる時の不安を、このように言うんです。
 
 
  「あたしはとても臆病だし迷信を信じるたちなの。だからあたしの幸運は何か途轍もない破滅によって報いを受けるのではないかというあたしの予感に名前をつけて下さらないかしら」
 
 
いよいよ愛の城のような恋人たちの隠れ家へと、2人そろって引っ越す準備が整った、その引越の数時間前の出来事なんです。ここから、雪崩打つように不倫の恋が破綻してゆく……のかどうか。非常に緊張感のある展開で、重要な問題が、つぎつぎに立ち現れます。
 
 
学生ウージェーヌ・ラスチニャックは、旧居の荷物をほとんど積み込み終えていて、がらんどうになった自室にたたずんでいる。そこには、危うく大悪人のヴォートランから借金をするために準備してしまって、すんでのところでこの難を逃れた、その著名入りの真っ白な手形が残っていた。
 
 
恋人ニュシンゲンが彼らのメゾンを訪れ、この引越劇の全てを取りもってくれたゴリオ爺さんと、破滅について語りはじめる……。彼女の夫は大きな仕事を失敗し、いま危険な事業に乗り出す寸前の状態で、火の車のようになって、あらゆる資産が燃え尽きようとしている。学生ウージェーヌ・ラスチニャックは、恋人の破滅について、ぐうぜん耳にしてしまう。
 
 
父ゴリオは、娘ニュシンゲンと夫との財産を分離させねばならないと考えている。本文、こうです。
 
 
  「だが、やつのやってることは一種のペテンだろ?」 / 「まあそうね! そうよ、お父さん」彼女はそう言って椅子の上に身を投げ出すようにして涙ぐんだ。「私はそのことを認めたくなかったの。何故なら、あんな性質の男と私を結婚させたことで、貴方を悲しませたくなかったのよ!
 
 
また、ニュシンゲンは離婚したい夫のことを、こうも述べます。
 
 
  ……「いいえお父さん、彼を処罰する法律はないわ。一言でも彼の言い回しを聞いてみて。遠回しな言い方はしないで、彼は言い立てるのよ。『それじゃ、総て失われて、貴女は一文無しだ。貴女は破産だ。というのは、私は共犯者として貴女以外の誰も選ぶことが出来ないからだ。それが嫌なら、貴女は私の事業の運営を私に任せて欲しい』
 
 
離婚寸前の、地獄のような家庭の事情が明らかにされているんです……。漱石の描きだした『それから』の終幕にも共鳴するような、緊迫感のある展開なんです。夫は、妻が不倫をしていることを知っていて、それを黙認している。本文こうです。ヒロインのニュシンゲンの発言です。
 
 
  ……彼は私から私の良心を買ったの、そしてその代償として、私に好きなようにウージェーヌの女として過ごすことを許してくれてるのよ。『わたしはお前が間違いを犯すのを許している。だから私が可哀想な人達を破綻させる罪を犯すのを放っておいてくれ!』
 
 
ニュシンゲンは逃げだそうとしている。学生ウージェーヌ・ラスチニャックは恋人として、彼女にどのように関係してゆくのか。
 
 
破滅と家族愛とはげしい怒りについて、描きだされるんですが、この言葉の連鎖を読んでいて、フランス革命の裏側に隠された、闇の部分が立ち現れているように思いました。
 
 
ドラクロワの絵画『民衆を導く自由の女神』の、女と少年の足もとにいる、身をよこたえて沈黙した者たちのほう。フランス革命の只中で居なくなった者たち。この倒れていったほうの人びとに連なる物語が、バルザックによって、革命後の社会の中に描きだされているんじゃないのか、と思いました。この小説の主人公であるゴリオ爺さんも、家族へあらゆる愛をもたらしながら、やがて死の床へつくのだと、最終章のはじめに宣言をされているんです。ゴリオ爺さんは、もうそのことを悟っている。本文こうです。
 
 
  ああ! 私はまさに本当の親父だよ。どういうふざけた貴族野郎が私の娘達を虐めていいって言うんだ。畜生! 私は自分でも何をやらかすか分からんぞ。私は虎のように凶暴だ、私はこいつ等二人の男を食い殺してやりたい。ああ、子供達! お前達の人生はどうなるんだ? 確かなのは、私の死だ。私がもういなくなったら、お前達は一体どうなるんだ? 父親たる者は自分の子供がいる限りは生き延びなければならん。畜生、お前達の世界は何てひどい具合になってるんだ! 
 
 
悲劇をすべて討ち滅ぼすように、娘への愛が描きだされているのが、胸を打つんです。バルザックはこう書きしるすんです。「私はお前の苦労を取り上げてやりたい、お前の代わりに苦しみたいんだ。」 / 「私には財産はない、ナジー。もう、もう何も、もう何もない! これで世界は終わりだ。」 / 「世界はもう崩壊だ、間違いない。逃げ出すんだ、前もって避難するんだ!」
 
 
ゴリオ爺さんは、娘への愛のために、いままさに死に向かいつつあると感じている。絶えざる愛情があるから、まるで一人のキリストのように、死に行きつかざるを得ない。身を粉にして娘に愛を注いできて、もう倒れるより他無くなってしまった。ここで学生ウージェーヌ・ラスチニャックは、どうしてもガマンできずに、彼らの悲劇の中へ立ち入ってゆき、自分が借金を背負うと宣言して、真っ白な手形を差し出すんです。老人はついにこの騒動の最中に、感極まって倒れてしまった。ゴリオ爺さんは、フランス革命時のように鉄砲で倒れたわけでは無いんです。娘たちへの絶えざる奉仕と愛の中で終局に向かおうとしている。
 
  

 
 
こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
http://akarinohon.com/center/goriot_jisan10.html
(約100頁 / ロード時間約30秒)
iPadやノートPCなどに対応した、シンプル表示の縦書きテキスト版はこちら
  
 
        (横書きはこっち)
 
 
■主要登場人物
・ゴリオじいさん………娘たちを愛するあまり破産した。
・ウージェーヌ・ラスチニャック………うぶで野心家の学生。
・レストー夫人………ウージェーヌが一目惚れした美女で、ゴリオじいさんの実の娘。
・デルフィーヌ・ド・ニュシンゲン夫人………銀行家の妻で、ゴリオじいさんのもう一人の娘。ラスチニャックと恋愛。
・ボーセアン夫人………ウージェーヌの遠い親戚のお金持ち。
・ヴォートラン………謎のお尋ね者。
・ヴィクトリーヌ・タイユフェール嬢………主人公たちとおなじマンションに住む、かつて孤児だった悲しげな目の美少女。母は亡くなり、父とずっと会えぬまま生きてきた。
 
 
(作中[1][2][3]などの数字表記があります。その箇所を解説した訳註はこちらをご覧ください。)





top pageへ ・図書館リンク ・本屋マップ ☆名作選





Similar Posts:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です