こころ(4) 夏目漱石

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今日は夏目漱石の「こころ」その4を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
父の体調が崩れて、主人公の「私」はふる里から離れがたくなってきた。この描写が、漱石の作品の中でもとりわけ丁寧に描きだされているんです。「猫」の中盤みたいに話しがとっちらかっておらず、「草枕」みたいに美麗で饒舌で絵画的という描き方でもないし、「それから」のように思弁的な記述も無い。純粋に父と子の物語だけを、書いている。
 
 
小津安二郎の映画みたいに、整然とした描写なんです。しかし流して書いているわけでも無くって、細部まで確実に描きだしていて、迫力があるんです。
 
 
だけれどもやっぱり漱石というのか、父の臨終に立ち会う息子、というだけでまったく終わらずに、東京に行って今すぐに逢って話したい「先生」という存在が一方にある。年上の男が一人だけ居るんで無しに、二極ある。「母」が子どもに、こういう発言をしています。
 
 
  「そりゃわかり切った話だね。今にもむずかしいという大病人をほうちらかしておいて、誰が勝手に東京へなんか行けるものかね」
 
  「実はお父さんの生きておいでのうちに、お前の口がきまったらさぞ安心なさるだろうと思うんだがね。この様子じゃ、とても間に合わないかも知れないけれども、それにしても、まだああやって口もたしかなら気も慥かなんだから、ああしてお出のうちに喜ばして上げるように親孝行をおしな」
  憐れな私は親孝行のできない境遇にいた。私はついに一行の手紙も先生に出さなかった。
 
 
父はずっと寝床に臥せるようになり、寝ながら新聞を読むことしか出来なくなったわけですが、そこで乃木の自尽の事件を知ることになる。
 
 
それから、父の危篤と時を同じくして、東京の「先生」が奇妙な電報を打ってくる。ちょっと東京に出て来て話しをしないか、という内容で、運悪くどうしても、親戚のところを抜けだすことが出来ない。
 
 
この場面が印象に残りました。
 
 
  子供の時分から仲の好かったさくさんという今では一ばかり隔たった所に住んでいる人が見舞に来た時、父は「ああ作さんか」といって、どんよりした眼を作さんの方に向けた。
「作さんよく来てくれた。作さんは丈夫でうらやましいね。おれはもう駄目だめだ」
「そんな事はないよ。お前なんか子供は二人とも大学を卒業するし、少しぐらい病気になったって、申し分はないんだ。おれをご覧よ。かかあには死なれるしさ、子供はなしさ。ただこうして生きているだけの事だよ。達者だって何の楽しみもないじゃないか」
 
 
ここに来て、漱石が小説や随筆や手紙のことをどう考えているのか、その重大なヒントになるような記述がありました。「先生」の手紙の第一文目です。本文こうです。
 
 
  「あなたから過去を問いただされた時、答える事のできなかった勇気のない私は、今あなたの前に、それを明白に物語る自由を得たと信じます。しかしその自由はあなたの上京を待っているうちにはまた失われてしまう世間的の自由に過ぎないのであります。したがって、それを利用できる時に利用しなければ、私の過去をあなたの頭に間接の経験として教えて上げる機会を永久にいっするようになります。そうすると、あの時あれほど堅く約束した言葉がまるでうそになります。私はやむを得ず、口でいうべきところを、筆で申し上げる事にしました」
 
 
漱石は、臨終に立ち会えなかった正岡子規のことを思いながら、親友のことを考えて、この「こころ」を書いたのだろうか、と思いました。あるいは友人の二葉亭四迷のことを思いだしながら書いたのかもしれないです。「自由が来たから話す。しかしその自由はまた永久に失われなければならない」という発言は、哲学者ウィトゲンシュタインの哲学論考と近い考え方のように思いました。ウィトゲンシュタインは「論理哲学論考」の終章にて、こう述べているんです。
 
 
  私の命題が役立つには、私の言うことを理解した人が、これらの命題を通ってその上に立ち、乗り越えて、ついにはこれらの命題が無意味であったと認識する必要がある。いわばハシゴを登りきったあとに、そのハシゴを投げ捨てなければならない。
 
 
主人公「私」は、今際の際の父よりも、東京の先生のほうを重大視して、汽車に乗るんですが、これ、読んでいるとどうも、父への裏切りとは言いがたいように思うんです。というのも、父は就職が決まることを大切にしている。先生に頼んで就職先を用意してもらえるはずだという幻想を、父は持っている。息子の「私」は、先生に職を用意する力は無いことを既に知っている。知っては居るんですが、先生からなにか重大なことを学べるはずだと言うことで青年「私」はここ数年、生きてきたわけで、最終的には、「私」は先生のほうへ走ってゆくので、ありました……。
 
 

 
 
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 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  

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