陰翳礼讃(6) 谷崎潤一郎

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今日は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」その6を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
作中で1934年(昭和9年)やそれより前の時代の「わらんじや」という料亭の話しが出てくるんですが、調べてみると、この店は今も「わらじや」という店名で、現役で料理屋をやっているんですよ。このお店です。すごい、400年間も料理屋をやっていて今もやっている。
 
 
この随筆は、電気がやっと一般家庭にも入るようになってきた時代が描きだされています。谷崎潤一郎が店を訪れていた頃には、ろうそくの明かりで、鰻のぞうすいを食べていたという。映像にしたら、すこぶる美しいと思います。ソクーロフ監督の映画のような美が抽出されるんではないかと思います。かつてはそれが普通のことで、雅な薄闇のなかで、御馳走を食べていた。暗やみが美を司っていると、いう指摘がみごとだと思いました。谷崎潤一郎のように美しい文章を書ける人は他にいなのではないかと、思いました……。
 
 
燭台が照らしだす、薄明かりの中で見る漆器や陶器の色つやの深み……。とりわけ闇の中で用いられる、漆器の美や、手に伝わるあたたかさを描きだすんです。谷崎潤一郎の言っていることは、現代にも響いてくるように思えるんです。闇をみごとに捉える現代映画の、照明のありかたを、みごとに示唆しているようにも思いました。現代美術でも、パッと意味が判らない、闇の中で顔を見つめているような捉えどころの無い表現というのがある。その隠されたところにこそ、美がある。
 
 
谷崎潤一郎はこう記します。
 
 
  もしあの陰鬱な室内に漆器と云うものがなかったなら、蝋燭や燈明の醸し出す怪しい光りの夢の世界が、その灯のはためきが打っている夜の脈搏が、どんなに魅力を減殺されることであろう。まことにそれは、畳の上に幾すじもの小川が流れ、池水が湛えられている如く、一つの灯影を此処彼処に捉えて、細く、かそけく、ちらちらと伝えながら、夜そのものに蒔絵をしたような綾を織り出す。
 
 

 
 
こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
http://akarinohon.com/letters/ineiraisan06.html
(約5頁 / ロード時間約30秒)
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