人生案内 坂口安吾

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今日は坂口安吾の「人生案内」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
西洋では文学の中心は「詩」にあって、それはもう古来から現代まで通底してそうであって、海外では詩で哲学をやる。詩のみで構成した演劇をやる。ミュージシャンが文学者だと認識されるのは日本では「えっ?」と思ってしまうが、世界文学ではどうも当然の事態で、それは文学と言えば詩だから、歌詞も当然文学として受け入れられる。ぼくはいまでも、ボブディランがノーベル文学者だと位置づけられたことに「えっ?」と驚くんですけど、それだけ西洋では詩が中心になっているってことなんだろうなと、最近思いました。ノーベル文学賞第一回受賞者はフランスの詩人です。そしてアジア初のノーベル文学賞受賞者はインドのラビンドラナート・タゴールという詩人ですよ。詩人が中心に居る感じがします。ゲーテのファウストは、詩の言葉だけを使って全文が記されている……。
 
 
日本では源氏物語や漱石の始めた文学が、みんな小説で、小説が愛されているのが日本で、だから近代文学と言えば小説の妙手である芥川龍之介や太宰治が愛読され続けている。日本には「かの有名な、詩人で哲学者の……」という人物があんまり居ない。哲学者の随筆がある、というのが基本のように思います。
 
 
ディープな読者が多いのに、一般的にはそれほど読まれないのが坂口安吾で、安吾は随筆や評論がすごい。それと較べると小説はそうでもないのかなと思ってこれを読んだら、やっぱりめちゃめちゃ面白いです。はじめの数ページが低調なことがある、気がするんです。後半になってエンジンがかかってきてぐーっと引き込まれる。
 
 
坂口安吾は貧しいところを堂々と書くのが、現代文学者とかなり違うところなんでないかと思いました。しかもわびしい貧しさじゃ無くて、暑苦しいような貧しさを描く。凍えるような貧しさを書くんでなしに、熱のある貧困を描くんです。それで引き込まれます。
 
 
困苦を描いた投書をすることに夢中になった男が居て、ところがだんだん、事実を記載するはずの新聞の投書欄に、筆が乗りすぎて嘘八百の悩みを書いて掲載してもらうのが趣味になってしまった。男なのに女になりきって、ありもしない悩みを訴える、というのを繰り返すようになって、これにのめり込んでしまった男。
 
 
ところが機械化の波にさらわれて、本業の手延べラーメンの麺打ちが、機械式の大量生産された麺に取って代わられてしまって、仕事を辞めざるを得なくなった。出稼ぎの低賃金労働者みたいになってしまって、金が稼げず、肝心の趣味の新聞を買うことさえ出来なくなった。それでやむなく、男は家にこもって子育てをして、女がオシャレな店で働くことになった。
 
 
男はもはや、新聞への投書だけが生きがいになってしまった。あつい涙が滴るような、嘘の悩みならいくらでも書けるのに、ホントの悩みはまるでネタにならないや、と男は思う。後半はめくるめく笑いの渦が押しよせてくるんです。これ、たぶん演劇の原作とかになったんだろうなと思いました。今の時代もぜったいにこう、投稿にだけ夢中になっている男って居ると思うんです。ツイッターとかブログとか。
 
 
妻はついに、金も稼がず趣味だけやってる男を見限って、良い男を見つけてしまった。だんなはこれにやっと気がついて、急にタタミから起きあがって妻を問いつめる。女はまるで働こうとしなくなった男を、正論でぶった切るんです。本文こうです。
 
 
「ヤイ、間男しやがったな。亭主の顔に泥をぬるとは何事だ」
「泥がぬれたらぬたくッてやりたいよ。どれぐらい人助けになるか分りゃしない。お前の顔を見ると胸騒ぎがしたり虫がおきるという人がたくさんいるんだよ。私はね、広い世間へでてみて、お前のようなバカな男がこの世に二人といないことが分ったんだよ。私は今までだまされていたんだ。畜生め! 人間のフリをしやがって。お前なんか人間じゃアねえや。雑種の犬か青大将とつきあって義理立てしてもらえやいいんだ。出来そこないのズクニューめ。他のオタマジャクシだってオカへあがってジャンパーを着るとお前より立派に見えらア。間男なんて聞いた風なことを云うない。人間のフリをするない。さッさと正体現してドブの中へもぐってしまえ」
 
 
ここから先がすごいボケとツッコミなんです。ぼくが今まで読んだ青空文庫の近代文学の中でいちばんユーモアがきいた物語だと思いました。みごとな下町の落語という感じがしました。オチも良いんですよ。ホントの悩みにぶち当たったらもう、言葉も無い。声に出して相談なんてしてられない。ましてや文章にするのはむつかしすぎる。新聞の人生案内は、あくまでも仮想空間として成立している。男はこうつぶやきます。
 
 
「人生案内てえものがニセモノに限るように、人生も人間てえものもいいカゲンの方がいいのかも知れねえな。」
 
 

 
 
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 ここからは新サイトの「ゲーテ詩集」を紹介します。縦書き表示で読めますよ。
 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  

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