卍(まんじ) 谷崎潤一郎(3)

今日は谷崎潤一郎の「卍 まんじ」その3を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
どうも悪いことが起きそうな予感があって、だんだん読むのがつらくなってきたこのまんじなんですけど、読みはじめてみると、小説の完成度が高いので、この世界にぐーっと引き込まれます。柿内園子さんは、光子さんが好きでしょうがなくなった。はじめは校長の計略で、恋人同士みたいに噂されていただけなんですけど、ついに本人からそうなってしまった。外圧によって新しい恋愛の形が出来て、いつのまにか内側からもこれが生じていった。
 
 
理想を掲げているうちに、ほんとにそういう理想的な生き方に近づいてしまった……みたいなことは現実にもあるかもしれないなあとか思いました。たいていは、イヤな予測しか現実にならないんですけれども。危険だ危険だと言ってるうちに、ほんとに危険なことが起きるとか。
 
 
柿内園子さんはもう光子さんに夢中で、夫や世間や、他のことが見えなくなる。学校も行かずに女同士でデートを繰り返している。ついに温厚な夫もこの異変に気づいて、妻を疑いはじめる。なんや悪いことやっとるんとちゃうんか、と言うわけです。なんだか不幸の呼び水のような記述があるんです。園子さんは夫にこう述べます。
 
 
  あんたはあんたで好きな友達持ったらええし、うちはうちで勝手にさしといて欲しいわ。

 
園子さんは性的に光子さんと睦まじいわけなんですが、それを夫にはひた隠しにしている。それでなぜ2人きりで隠れて遊んでいるのか、夫に対してこのように説明します。
 
 
  あんた自分で、そんな綺麗な人やったら会わしてくれいうたやないか。誰かって綺麗な人好きになるのん当り前やし、女同士の間やったら美術品愛するのんと同じや
 
 
哲学者のヴェーユが、美の危険性についていくつか指摘しているわけなんですけど、たとえばこう言ってます。「美は、たましいまではいりこむ許しを得ようとして、肉を誘惑する。」あるいは、とても遠い存在に対して人が美を見いだすことについて「へだたりは、美の中枢である。」とかヴェーユは言っている。「すべて美の中には、除き去ることができない矛盾、苦、欠如が見出される。」というようなことを哲学者が言ってるんですけど! 谷崎潤一郎は、そこに共通した物語を如実に描きだしている。
 
 
夫と園子さんとの対立がなんともみごとなんです。関西弁がそもそも、バトルラップに向いている文体になっているように思いました。主人公の柿内園子さんは夫と仲たがいしてしまう。そうしてそれから……奇妙な事件が起きる。光子さんの着物が、風呂つきの宿屋の中で盗まれてしまって、家に着て帰る服が無くなったので、園子さんに電話をしてこれを持ってきてもらうことになった。なんとも謎めいた事態が起きた。
 
 
ここから先は完全にネタバレになるので、まだ読み終えていない方はご注意ください。どうも光子さんは、他の美男子(綿貫栄次郎)とも隠れて恋愛をしているようである。おどろいたことに、結婚の約束さえしていたというんです。いったい光子さんはどちらを利用して踏み台にしたのか、どうもよくわからない。光子さん本人にさえ、誰に対してまごころがあって、誰を裏切っているのかよく判らなくなっている。
 
 
光子さんとしては、結婚相手と柿内さんはまったくべつの存在で、2つの恋愛は両立できるのだという……。そんな時に、宿屋で賭博の検挙事件が起きてしまって、みんな宿から蜘蛛の子を散らすように逃げていった。賭博犯たちがそこですり替わりのトリックを使って刑事から逃れようとして、光子さんたちの着物を盗んでこれを着こみ、自分たちは賭博犯じゃ無いと警察に主張しはじめた。
 
 
物語全体と細部。この2つの係り結び、とでも言えば良いのか。みごとな符合が鮮やかに織り込まれているんですよ。隅々まで。ほんとにこう、あー、これが純文学の進化なのかと目を見はりました。こういうなんでもない文章も物語全体に共鳴しているように思えて、印象に残るんですよ。
 
 
「同じ刑事でも博奕打検挙するのんと密会者検挙するのんとは係りがちごてるんやそうで」
 
 
光子さんは不倫の罪での逮捕をすんでのところで免れたわけなんですが、レズビアンの恋人にこんな頼み事をするより他なかった。
 
 
「今夜一緒に映画でも見てたようにいうて、万一警察から電話がかかっても、そこを何ぞうまいこというといてくれなされへんかいうのんです。」
 
 
まんじを全文は読まないけど、どういう物語なのかのぞいてみたい方は『その十一』の一部だけをちょっと読んでみてください。
 
 
光子さんは、美男子綿貫との関係で、妊娠をした可能性が高い。それから……話しは次回に続きます。全6回で完結です。
 
 

 
 
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 ここからは新サイトの「ゲーテ詩集」を紹介します。縦書き表示で読めますよ。
 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  

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