白痴(29) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その29を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
この物語はおおよそ200年くらい前のことが描かれているんですけど、本文にこう記されています。
 

この国には実際的な人がいない。たとえば政治的な人は多く、将軍などといったような人もかなりに多い。また、支配的な位置に立つ人も、どんなに必要が起ころうとも、すぐにあつらえむきの人がいくらでも見つかるのである。しかし実際的な人となるといっこういないのである。
 
 
今回の章を読んでいると、ほとんどのロシア人が個性を持たないのに、権力欲がある、みたいなことが描かれています。ロシアならではの権力欲があった、ように思えてきます。すくなくとも果実の豊かな南国には権力欲という概念が生じにくい。鴻大で寒冷な大地に生きるロシア人には権力への意思があって、それが20世紀ソ連という世界最大の共産主義を支えたのかもなあーとか、デタラメな感想を抱きました。

わが国の乳母たちにさえも将軍の位がロシア人の幸福の絶頂と思われているのであり、したがって、これは静かな美しい幸福というものの最も普遍的な国民的な理想であったのだ。
 
エパンチン一家は、物語の序盤から出てきていたんですけど、この一家の雰囲気を端的に言い表している一文はこういうのです。
 
 
……(略)……毎日毎日、寝ても覚めても口論していたのである。しかも同時に夫や娘たちを、身をも忘れて、ほとんど煩悩ぼんのうといってもいいくらいに愛していた。(略)リザヴェータ・プロコフィエヴナがあらゆる不安をのがれて、本当に心を安めることができたのは、生まれてこのかたわずかにこの一か月ばかりの間であった。いよいよ差し迫ったアデライーダの婚礼を機縁として、アグラーヤの噂も上流社会に立つようになってきた。
 
 
エパンチン一家はムイシュキン公爵と遠い親戚関係なんですけど、どうもこの「白痴」と呼ばれる公爵と、どう付きあえば良いのか判らない。本文はこうなっています。リザヴェータの抱く、娘アデライーダと公爵への思惑です。


あの子は急にすばらしい娘になった——なんていうきれいな子だろう、ああ、なんてきれいなんだろう、日ましにきれいになってゆく!ところがどうだろう!ところが、ここにけがらわしい公爵めが、よくよくの白痴ばかものが現われるやいなや、何もかもがまたもやごちゃごちゃになってしまって、家のなかが、がらりとひっくり返ってしまったのだ!
 
 
ドストエフスキーは自分の人格をみごとに腑分けして、さまざまな人間性を描きだしているんですけど、今回は主人公のムイシュキン公爵というのが結婚できない男になっている。ドストエフスキーにもそういう、結婚の出来ない時期はあったようなんです。そういう感性を描きだしている。けれどもドストエフスキーは、ムイシュキン公爵のように完全に孤高というか単身者というような男では無い。家族との密な関係性を、第一編と第三編の初めに、エパンチン一家として描きだしている。そうすることによって、ただ一人の人間として生きるムイシュキン公爵の人格が浮き彫りになってゆくように思われました。
 
 
今回の終盤の文学論がみごとなんです。ロシアの文学では「ロモノーソフプゥシキン、それとゴォゴリ」だけが「ただこの三人だけが、それぞれ、何かしら本当に自分のもの自分独得ヽヽヽヽのものを語ることができた」と言うんです。「何か自分のもの」という表現が迫力ありました。借りものばっかりでいつも済ませてしまおうとするだけの自分としては、この批評的表現が響きました。
 
 
ぼくは世界史に疎いんですけど、以下のドストエフスキーの考察が、百数十年後のソ連共産主義国家誕生の歴史に繋がっているというのは、なんとなく理解できました。
 
 
ロシアリベラリズムなるものは現存せる社会の秩序に対する攻撃ではなくて、わが国の社会の本質に対する攻撃であり、ただ単に秩序、ロシアの秩序に対する攻撃であるばかりでなく、ロシアそのものに対する攻撃でもある。

主人公はこの問いかけに対してこう返答している。

あなたのおっしゃられたロシアリベラリズムは、実際のところ、単にわが国の社会の秩序ばかりではなしに、ロシアそのものをも憎んでいるような傾向があるようですね、いくぶん。
 
 
主人公へのこの問いかけが印象に残りました。

地上の楽園というものはむずかしいものです。ねえ、公爵、あなたの美しいお心で考えていらっしゃるものよりは、ずっとずっとむずかしいものです。
 
 
いま第30回あたりに差しかかっていますけど、第50回で「白痴」は完結します。
 
 

 
 
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