詩(2) 石川啄木

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今日は石川啄木の「詩」その2を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
石川啄木は岩手出身の歌人で、歌集「一握の砂」が代表作です。
 
はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る
 
という歌が有名なんですが、啄木が歌人として活躍した1903年から1912年ごろは、どうも貧困と言うことが知識階級にも、もろに直撃していた時代で、啄木はじつは朝日新聞社から月給をもらったり金田一京助からお金を工面してもらっていたりしたんですが、それでも非常に貧しくて、若くして亡くなったのもやはり、物不足や食糧不足が大きな原因になって、肺結核のため亡くなったのではないだろうかと思います。病気療養のために比較的穏やかな町へ引っ越したりしているんですが、それでも病から逃れられなかったようで、当時の寿命と現代の寿命を比べてみると、やはり食いものと下水上水管理が良くなったというのが一番違うようです。現代では過労が最大の危機だと思うんですが、当時は感染症や栄養不足が最大の危機だったように思えます。死に対峙するというか、清廉な詩が多いと思います。啄木日記というのがあるのですが、啄木は貧困についてを、こう記しています。
 
  八円の月給で、一家五人の糊口を支へるといふ事は、蓋しこの世で最も至難なる事の一つであらう。予は毎月、上旬のうちに役場から前借して居る。
 
 
また啄木は、どういう状況で詩を書いていたかというと、300枚ほどの長編小説や脚本を書く、そのあいまになんとなく詩を書いていたようです。暑中休暇中での出来事を、日記にこう書いています。

  今日既に十九日、休の三分の二が過ぎ去つたに不拘、予はただ『吹角』と題する一篇の長詩を書いた丈けである。それは上田敏氏の「芸苑」へ送つて置いたが、「明星」へは矢張失敬せねばならぬ仕儀となつた。何故予は筆を執らなかつた乎。……米箱の底掻く音に肝を冷やしたからだ。種々の事件があつたからだ。
 
啄木は新聞社で働いていて、世の不幸の記事を読み込んでいて、そういった事情もあってか、詩にも不吉な記述が目立つように思います。情報が一気に入ってくるようになるとかえって頭に毒であるということは、啄木の時代からネット社会となった現代まで、ずっと続いていることだと思えます。スローリーディングとかいうのは、そういう情報の高速化に抵抗して、少ない情報をじっくり噛み砕いて理解してゆくという、現代的な情報の接し方なんだと思います。
 
 

 
 
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 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  

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