白痴(36) ドストエフスキー

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今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その36を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
アグラーヤは、公爵と話し合いたいと思って、公爵のところにやって来た。ドストエフスキーの特徴として、ものすごい長文なのに、えんえん人のことだけを書く、というのがあると思います。人がなにを言ってなにを思っているのかを、ずーっと書いています。室内の様子とか、天候とか、季節感とか、自然界とか、極端に記さないんです。途轍もない地下にある牢獄の内部の出来事みたいですよ。ここまで徹底して外界を無視して描くのは、逆にすごいと思います。日本人とちがう。ネコとか小鳥とかみずうみとか、童話的な存在が、とうてい出て来そうに無い。もう人のことしか書かない。ちょっと鉄道のことを書いたかと思うと、鉄道は地に堕ちた毒だとか、ムチャクチャな理屈を言う人が出てきたりする。人、以外は全部無視したいようなんです。人だけ書きたい。ドストエフスキーの他の短編では、情景が鮮やかすぎる作品もあるんですよ。だから書く能力はすごくある。でも意識的にまったく書かない。書いた時は、その美しい情景が、極寒の寒空と一体化して凶器と化し、幼子に悲劇をもたらしたりする。シベリアの流刑地みたいな存在として、外部の風景を考えている。
 
 
ドストエフスキーは今回、かつては13歳の少女だったアグラーヤの、幼心から生じる死への意識のことを記します。ぼくがたまに思うことは、死への願望のほとんどは、今日はもうベッドでゆっくり眠りたい、という本物の願望が、なにかしらの弊害や苦やノイズや混乱によって歪められてしまって、ベッドじゃ無くってジャンバルジャンみたいに棺桶で眠りたいと、脳が誤認するのが、このような願望の主要なところじゃないかというように疑うことが多いんです。睡眠しやすいように労働環境を改善するとか、睡眠環境を楽しくするとか「ベッドでゆっくり眠れるようにする」ことに意識を集中したほうが効果がある、ような気がするんです。そういえば、イッポリットの騒動も、眠らずに徹夜で議論した結果起きた異変でしたし。
 
 
アグラーヤは、幼い頃から家族にだけ囲まれていて、外部との接触が極端に乏しかったので、ずいぶん子供じみた性格になってしまっている。それで、アグラーヤにとっては、まさにヒロインのナスターシャこそが、最大の外部で、この女について、公爵と真剣に論じ合いたい。本文こうです。
 

あの女のために、あの女のためにここへおいでになったんじゃありませんか?

「そう、あの女のために」と公爵は悲しそうに、物思わしげに首かしげ……(略)僕はあの女がロゴージンといっしょになって仕合わせになろうとは信じていません、もっとも、……なんです、あの女のためにどんなことをしてやれるか、どうしたら助けられるか、それはわからないんです、それでいて、とうとうやって来たわけです
 
アグラーヤは、公爵の気持ちをどうしても知りたい。その熱意におされて、公爵はアグラーヤに、こういう告白をします。

たぶん、あなたを本当に心から愛しているからでしょう。あの不仕合わせな女は、自分がこの世の中で誰よりも堕落して、汚れ果てた人間だと、深く思い込んでいるのです。ああ、あの人をはずかしめないでやってください

愛している、とどうして断定できるんだ……と衝撃を受けました。関わりは本当に薄いですよ。アグラーヤと公爵は出会っている場面がたったの1回だけでとにかく関係性が薄いはずなんですよ、エピソードの数はほとんど無い。でもたとえばドストエフスキーが繰り返し引用している聖書とキリスト、その愛は、ほんとうにキリストとは関係が薄い人に対して、アガペー(愛)を、分け与えようとしているわけで、ドストエフスキーが今回の物語で記す愛というのは、関係性が深いかどうかは、問わないんだろうなと思いました。昔はキリスト教の愛のことを「ご大切」と訳したんですけど、なんかこの「ご大切」ってこの場面で記されている愛を理解する上で、判りやすい指標だなと思いました。愛憎の愛をドストエフスキーは繰り返し書くんですけど、今回は、性的な愛憎とか恋愛的な執着心とかとはぜんぜんちがう、もっと重大なことが記されていました。
 
 
公爵はむしろ、ナスターシャとの関係のほうが深いように思えます。公爵のナスターシャへの思いはこうです。
 
あの人はね、自分がまず第一に、自分というものを信じていないのです、そして、自分は……罪が深いのだと、本心から思い込んでいるのです。僕がこの心の闇を追い払おうとしたとき………………………

「……ああ、僕はあの女を愛していました、かなり愛していた、……しかしあとになって……あとになって……あとになって、あの人は何もかも悟ってしまいました」「何を悟ったんですか?」「実は、あの人を僕がただ気の毒に思っているだけで、もう……愛してなんかいないってことです」
 
いっぽうでアグラーヤはガーニャと婚姻して生きることを考えている。ドストエフスキーは、愛についてどういう意味を込めて書いていたんだろうなあと思いました。
 
 

 
 
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 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  
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