影を踏まれた女 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「影を踏まれた女」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは子どもの遊びを発端としてはじまる、奇妙な怪異を描いた作品なんですけど……ぼくはフォートナイトというゲームをするのがどうも好きで、今日は近代の子どものやるゲームから、はじまった物語を読んでみました。
 
 
普通の生活なら10年に1回くらいしか起きないような珍事が、オンラインのゲームの中ではしょっちゅう起きるのが楽しくって、その失敗をリカバリーする工夫をいろいろ凝らすのが、おもしろいのだ、と思っていたのですが、それは近代の原始的なゲームでもやっぱり、現実にはめったに起きないような事態が生滅し、それがさらに不思議な出来事につながってゆく……。岡本綺堂の怪談は、明治時代からさらに古い時代へ目を向けるという方法で、いま現代で起きている不気味なことの、ひとつの骨組みも示唆しているように思えました。
  
 
おせき、という少女が、子どもたちの奇妙なゲームに巻きこまれて、さらに都市伝説のような迷信を信じてしまうことから……つづきは本文をごらんください。子どもの頃に、影を踏む、影を踏まれる、という遊びはたしかにやったことがあるなあと思いました。あと新品の靴を、好きな子に踏んでもらうのが楽しかった、という記憶があります。
 
 
今回は嘉永二年(1849年)のことを書いていて、調べてみると岡本綺堂は、おおよそ60年前の怪談を書いたことになります。今の時代からいうと170年前の物語です。
 
 

 
 
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 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  

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白痴(43) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その43を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
公爵は、自分は結婚出来ない男だと宣言してきたんですよ。ところがプロポーズは作中で2回もしている。1回は、かわいそうだったから。もう1回は、急に愛してしまったからです。
 
 
公爵は病持ちだし、学力も体力も乏しいので働けない男だし生きていくだけの金だけはあっても、出来ることはほとんど無い。ムイシュキン公爵はこの先どうなるのか、どうもよくわからない。ただ心の内面の描写で時折見受けられるのですが、彼はなんと言うんでしょうか、根本的には幸福な人間なんだと思います。作者のドストエフスキーは波乱の人生を歩んだわけですけれども、近代の評論家片上伸によれば……「ドストエフスキー」は「猫のようなエナジー」を持った「珍しく幸福な人だと言わねばならぬ。彼の性格の複雑深刻を一貫するシムプリシテイーの力を解する人ならば、必ず彼を幸福だということに同意するであろう」というように評されていて、ぼくもこの考察に同意するんですけど、今回の主人公にも、このドストエフスキーの人格に通底している、社会のありさまについての悩みを超克した……猫のような幸福さ、というのを持っていると思います。
 
 
物語の序盤から、ムイシュキン公爵は白痴であって、結婚なんて考えられないと周囲からは判断されていた。ところがその当人と付きあってみると、意外とありえる「これは不思議千万な話」ではあるが「公爵は全く、すばらしい青年だ」し遺産も相続している……。けれども、エリザヴェータ夫人から見れば娘が公爵と結婚するのは「お話にもならない夢物語」なんです。
 
 
ぼくはどうも、この夫人の見解が、正しいように思える。じゃあ不思議ですばらしい青年である公爵は、これからどうなるのかというと……やっぱりこう猫のように社会とはまったく無関係にこうなんらかの幸福をつくるのではないのかと思いました。公爵には社会的な人間にはなれない、そういう環境なり要因があるわけです。夫人は彼のことを「社会上の地位も持っていないばか者である」と断じている。けれども彼を憎んでるわけでは無い。夫人の批判は辛らつなんですけれども、どこかこう納得がゆくところがあります。娘の未来のことをものすごく思っている。そこでの隠喩的な文章が、これは……ドストエフスキーにしか書けない、と唸りました。引用することさえ出来ないです。彼が書いた文学の中にしか存在できない。
 
 
こういうように三姉妹の両親を困惑させている主人公なんですけど、いっぽうでわかい娘たちは、単に彼の存在を楽しんでいる。公爵のことが好きなんです。結婚だってありえるように思っている。彼が職業につけるかどうかだって、未来のことは分からない、と娘たちは思っている。
 
 
噂の噂の噂を聞いたおばあさんは、公爵のことで「感心できないのは、明らさまに恋人を囲っておくことだ」と言うんです。又聞きの又聞きの又聞きですから、本人とほとんど関係のないウソのハナシになっちゃうわけですけど、たしかにムイシュキン公爵って、複数の女性に結婚しようと言ったり、愛していると言ったり、しちゃってるんですよね。

針のようなことを棒のようにするのはよしてちょうだい!

という夫人の発言は、じつに的を射た指摘だと思いました。とうのアグラーヤは公爵とゲームをして遊んでいる。

彼女は非常に陽気になって、公爵の無能ぶりをこきおろして、恥ずかしい思いをさせ、ひどくからかったので、公爵は見る影もないぐらいになった

さらに他のカードゲームをしたらこれは公爵のほうが達者で、そうなるとこんどは彼女は負けず嫌いのために激怒してしまった。そのあともいろんなことをする。公爵は引っかき回されて混乱するんですけれども、どれもこれも、彼女にとっては、とにかくいたずらがしたい、ということのようです。
 
 
それでみんなが集まっているところで、アグラーヤは、私と結婚したいのか? と問いつめた。公爵は、結婚の正式な申込みこそ出来ていないが「結婚したいです」としどろもどろになって答えた。
 
 
アグラーヤの追及は終わらない。結婚したあとに、いったいどうやって幸福にしてくれるのか、聞かせてくれと言うんですよ。それにたいする主人公の答えがこうですよ。

「僕はあなたが好きなんです、アグラーヤさん、とても好きなんです、あなた一人が好きなんです、そして……からかわないでください。僕はとてもあなたが好きなんです」

好きなだけで、実際にどうやって幸福な家を維持するのか、そのことはちっとも考えていない。経済はどうなっているのか、あらいざらい告白させて、どういう仕事をするつもりかまで問いつめた。妹たちはそれを聞いて楽しくって笑ってしまっている。エパンチン将軍もさすがにこれはまずいということで、娘を黙らせようとするが、そうはゆかない。三姉妹は、これらの騒動は、女たちの冗談なんだと大きな声で言うのでした。そうして去っていった。
  
「アグラーヤ・イワーノヴナさんが僕をからかったんです。それは自分にもわかります」と公爵は物悲しげに答えた。

父親としては、どうもぜんぶ聞いてみても、娘の気持ちが、冗談なのか本気なのかさっぱりわからない。重大なのは、話しぶりはどうも冗談であっても、ほんとうにアグラーヤは公爵に対して、愛を見出しているようなんですよ。アグラーヤはついに、公爵に対して、こう告白します。
 
わたしたちがみんな限りなく、あなたを尊敬しておりますことを信じてくださいまし。わたしがあなたの美しい、……善良な純情をひやかしたりしておりましたら、ほんの子供のいたずらだとお思いになって許してやってくださいまし。もちろん、何の足しにもならないばかげたことを主張しまして、本当に申しわけがありません。

どうも、愛しているのだけれど、結婚とかそういうのとはまったく別の問題なのかもしれないですよ。とにかく、公爵に夢中なんです。もうそれだけは完全に明らかなんです。けれども、結婚だとか恋愛だとかとはだいぶどうも違うんです。2人の喧嘩もひどいですし。家庭教師の仕事をするつもりだと言っていたはずの公爵に、どうにも学力が無くて基本的な歴史をちっともおぼえていないことも明らかになる。公爵は学校や教育機関から見れば、やっぱりバカなんです。でも、ものを考えてゆく力がある。公爵は病身のイッポリットと会って、このまえの彼の告白文の朗読や失態のことについて、こう述べますよ。
  
見かけはどうあろうとも、君にあれを書かせた思想そのものには、必ず気高い根拠があったはずです。時がたてばたつほど、それが僕にはますますはっきりとわかってくるのです、本当に。

イッポリットの言う「さよなら、さよなら!」という言葉が響きました。ドストエフスキーの登場人物は消えてゆかない感じがするんです。100年後にも読まれるだろうし、作中のそれぞれの脇役の存在感があって、読者の心に刻まれ、物語内部で営まれるその暮らしは消えそうに思えないです。白痴は第50回で完結します。
 
 

 
 
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 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  
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与謝野晶子詩歌集(34)

今日は「与謝野晶子詩歌集」その34を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
牡丹のことを描いた歌がすてきでした。牡丹を見て「うつつなき身」や「そぞろ」ということを連想しているので、散りゆくさまを描いたのかなと思ったんですけど、牡丹のことを調べてみると、牡丹はポトッとまるごと落ちると言うよりも、はらはらと崩れてゆく。蝶の寝床としての牡丹ということは、まだ崩れたりしてはいないのかもしれない。やっぱり儚さを描いた歌なんだろうなと思いました。
 
 
雲雀ひばりは揚がる、麦生むぎふから」……という詩が特別に美しかったです。



 
 
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別離 中原中也

今日は中原中也の「別離」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
なにかすてきな詩を読んでみたいと思って探していて、この中原中也の詩を発見しました。
 
 

 僕、午睡から覚めてみると、
みなさん、家を空けてをられた
 あの時を、妙に、思ひ出します
 
 

 
 
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白痴(42) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その42を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
将軍は重大な話しを主人公にはじめるのでした。ドストエフスキーは人の最後の生き方を描きだすことが多くて、そこがいちばんの魅力でもあると思うんです。将軍のことをこう書いています。

最初のうちから彼は、いくぶんへり下ったような様子を見せて、公爵と応対していた。——それはまぎれもなく、ある種の気位の高い、しかも、不当な侮辱を受けている人たちが、時として、上品なくつろぎを見せる時のような態度であった。声の調子に、なんとなく悲痛な感じがないではなかったが、それでも、優しい物の言い方をしていた。

将軍は、こう発言します。

わしがレーベジェフの家を出て行くのは、ねえ、公爵、実はあの男と絶交したからです。もっと早くすればよかったと後悔しながら、ゆうべ絶交しました。

将軍は自分でも戦場での出来事に関して明確な嘘を言ってしまっていたんですが、その親友だったレーベジェフも同じように戦場での武勇伝を、かんぜんにウソだと検証できてしまう状況で言ってしまう、大ウソを言う将軍は、仲間の大ウソにどうしてもガマンができなかった、ということを述べるんです。他人のウソについてはちゃんと判断できるのに、自分のウソについてはどうも理解できていないように思えて、こういうことはだれにでも起きてしまうような気がしました。
 
 
じつに幼い頃にナポレオンと戦って、ナポレオンに敵ながらあっぱれと言わせたというような……シンプルなホラ話も飛び出します。純粋無垢なこうウソなんですけど、将軍は流暢に話すんです。「子供として、わしは奥の奥まで、いわば、あの『豪傑』の寝室にまではいりこんだのですから」と将軍は言うのです。これらの100%のホラ話はおそらくもう、彼の中で事実として定着してしまったんだろうなと思いました。

ナポレオンの眼がわしのほうへ向くのです。不思議な考えがその眼をちらついている。やがて、『子供!』といきなりわしに言うじゃありませんか、『おまえはどう思う、もしわしが正教を採用して、おまえたちの国の奴隷を自由にしてやったら、ロシア人はわしに従うだろうか、どうだろう?』で、わしは『けっしてそんなことはありません!』と憤慨して叫んだのです。ナポレオンはびっくりして、こう言いました『愛国心に輝くこの子供の眼に、わしはロシア全国民の意見を読むことができた。……
 
ナポレオンは、パリに帰っていった……ここだけは史実なんですけど。それで「ゆめゆめいつわりごとを言うなかれナポレオン 敬白」というナポレオンからの短い手紙を受け取ったそうです。これがイヴォルギン将軍のいちばん大事な話だったようです。将軍は自分の大ウソのために住処を失って、行くところが無くなってさ迷っている。
 
 
おそらく将軍は理想的ななにかを求めてしまってその結果、ウソばかりを言うことになってしまったんだと思うんです。将軍は息子コーリャのすぐそばで倒れてしまった。とてつもない量のウソの中で、ここだけは誠があって本心なんだろう、と思うところもあるんです。読んでいると、そこで感情を動かされました。
 
 
次回に続きます。
 
 

 
 
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与謝野晶子詩歌集(33)

今日は「与謝野晶子詩歌集」その33を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回もいくつかの歌と詩があるんですが、与謝野晶子は歌人であるだけでなく多くの子どもを育てた母なんだと、わかる詩がありました。与謝野晶子は若い頃から批評の対象とされることが多かった歌人で、当人も自己批判として詩を書くことがあったのではないかと思いました。
 
 

 
 
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ノーベル小傳とノーベル賞 長岡半太郎

今日は長岡半太郎の「ノーベル小傳とノーベル賞」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ドストエフスキーが「白痴」作中にて、ノーベルについて言及していたので、今日はこれを読んでみました。ノーベルというと、スウェーデン生まれでパリやイタリアに住んだ人なのでドストエフスキーとぜんぜん関係なさそうに見えたんですけど、じつはノーベルの父は「ロシヤ政府の用達を勤め」て「兄は父の職を継いで」「ロシヤ」に出入りして、ロシア農民に貢献した。ノーベルの「兄がロシヤに盡した功勞は、甚大なものがあつた」と記しています。なるほど、だからドストエフスキーがノーベルについて非凡な天才なんだと作中でとつぜん書いたわけだと思いました。長岡半太郎の、この文章が印象に残りました。

アルフレッド・ノーベルは、その研究題目より推せば、恰も軍備擴張に努力した科學者でゝもあつたかと想像される。しかるに、その遺言を讀めば、心中大いに平和を熱望していた證據を發見するのである。
 
 
それから、湯川秀樹がノーベル賞を受賞したことについて、ノーベルの考え方のことを、こうも記していました。
 
 
特に著眼すべきは遺言に、賞を受くる人は國籍の如何を問わずと記してあり、その博愛の精神が言外に浮動している。彼は實に世界の人であつた。
 
 

 
 
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