透明猫 海野十三

今日は海野十三の「透明猫」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これは少年向けの短編小説なんです。透明な猫が居たら、いったいどう付きあえるのか……というすこし不思議な物語です。なんだか明るい冒険譚で、途中でインチキな見世物をやる男が現れる。インチキをやってる最中に「インチキではございません」っていうのがおもしろい。
 
 
本文と関係無いんですけどいちど大道芸で……糸のついていない人形を、生きものみたいに華麗に踊らせるマジックを見せている人をまちなかでじっさいに見たことがあるんですけど、10年後になってYouTubeで調べても、あんなに上手に目の前で手品をしている人はめったに居ないなあ、貴重な体験だったなあと思いました。たぶん磁石と風を使って、操り人形をみごとに踊らせていたんだと思うんですけど。
 
 
「透明猫」は、生きものが透明になる物語なんですけど、だんだんハナシがでっかくなってゆく……海野十三は50年以上前にこれを書いたのに、今でもちゃんと楽しませるって、当時読んだらもっともっと驚いただろうなと思いました。


ちゃんと科学的な仕掛けもあって、ほんと上手い。H・G・ウェルズの小説からヒントを得て書いたんだろうと思うんですけど、みごとなSF近代小説でした。
 
 

 
 
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停車場の少女 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「停車場の少女」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
小説は虚構を描くはずなんですけど、その内部で「これはほんとうの事で」と書いてあるのが、なんだか好きなんです。怪談にはこういうのが多いと思います。それからドストエフスキーの小説にも、この前置きが多いと思います。

 
そういう話しを聞くと、作中作というか、ハナシの中のハナシというか、又聞きというか、入れ子構造というか、マトリョーシカの中を開いてゆくかんじがして面白いような気がします。本文こうです。
 

わたくし自身が現在立会ったのでございますから、嘘や作り話でないことだけは、確かにお受け合い申します。
 
 
まずは東京から湯河原への朗らかな旅の様子が描写される。それだけでもじゅうぶん面白いんですけど、そこから大雨にみまわれて温泉宿がちょっと隔絶されて、怪異のきざしがみえはじめる……。現代の怪奇映画ならビクッとすることあるんですけど、近代の小説でこういうのはめったにないかとおもいます。うわあっと、思わず叫んでしまいました。岡本綺堂はなにか、理非や思想を無視しているところがあって、タガが外れていて予想がつかないところがある。そこが読んでいて興味深いんだと思いました。ちょっと怖すぎる怪談でした。
 
 

 
 
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河童小僧 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「河童小僧」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
岡本綺堂は、なんだかとっても怪しいことを書くんです。正しいことを言おうとしないから、妙に惹きつけられるんだと、今回の怪談を読んでいて思いました。
 
 
河童の話しを読んでいて、現代でも町の水路で死亡事故が起きやすいんだというニュース記事を思いだしました。オチが無い怪談モノなんですけど、あきらかに悪いことをどうやって書くのか、どう読むのか、というのがなんだか気になって興味深かったです。
 

…………幽魂が夜な夜な形を現わして、未来の救護すくいを乞うたのであろうと云う噂で、これを思えば死者に霊無しとも云われまいと、現在その死体を引きあげた一人の昔噺。世にはかかる不可思議の事もあるものか。
 
 

 
 
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穴 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「穴」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
岡本綺堂がおもしろい理由がなんとなく判ってきたんです。興味があるけれども、ちょっと現代からかけ離れている江戸時代の奇怪な風物、その名残を、コナンドイルを耽読した明治大正の作家が書くから、おもしろい。ちょうど現代から見て、岡本綺堂はみごとな中継地点になっているんだと思うんです。
 
 
古い時代劇だと書き割りのセットみたいな町並みが映り込むんですけど、岡本綺堂は荒れはてた町と屋敷の実体を事細かに書いたりする。
 

江戸時代から明治の初年にかけて高輪や伊皿子いさらごの山の手は、一種の寺町といってもいい位に、数多くの寺々がつづいていて、そのあいだに武家屋敷がある。といったら、そのさびしさは大抵想像されるであろう。殊に維新以後はその武家屋敷の取毀とりこわされたのもあり、あるいは住む人もない空屋敷あきやしきとなって荒れるがままに捨てて置かれるのもあるという始末で、さらに一層の寂寥せきりょうを増していた。

家の庭内で毎晩がさがさという音が聞えるという
 
ここから先のハプニングが、すごい。展開をここに書くとせっかく原文を読んだ時に面白さが半減しちゃいそうでどう書いたら良いか困るんですけど、大正時代の小説ってみごとに娯楽性があるんだなと、驚きました。電気の無い夜の世界というのが、ぞくぞくする。
 
 
庭と荒れ地の間の空間。荒廃しているとか提灯ではどうにもならない闇夜だとか敷地が広すぎるという理由で、自分の空間というのが、自分の空間で無くなっているという……この暗い謎の状況が良いんですよ。
 
 
また謎の質が変容して、物語が二転三転するのも興味深かったです。暗い事件もちょっと書き記されている小説なんですけど、終盤「父」の事件に対する恬然とした態度に唸りました。
 
 

 
 
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蜘蛛の夢 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「蜘蛛の夢」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
  
 
岡本綺堂は、小説の構成が整っていて、文体も現代語とほとんど変わらない文章で、近代文学の中ではもっとも読みやすいように思いました。
 
 
読み方がおかしいと我ながら思うんですけど、江戸時代ってほんの200年ほど前で、けど今とそれほど変わらなかったのかもなとか、やっぱ電気とEメールが無い時代って、太陽と天候と住み家が人間関係に直接影響を与えるんだなあとか、ハナシと関係ないところでいろいろ思うところがありました。
 
 
作中、こういう発言があります。「商売ごとは奉公人まかせで、主人は朝から晩まで遊び歩いていちゃあ仕様がない」「どうも新宿の方へ行くらしいんだよ」こんなの今の時代とまったく同じじゃん、と思うんです。電気もメールも無くっても、やることはあまり変わらない。
 
 
親戚がどうも新宿で遊び歩いているらしいという判りやすい謎と、判りにくい謎の2つが序盤から提示されていて、構成がほんと丁寧なんです。優れた現代小説でも読んでいるようです。
 
 
中盤での、落雷と蛇と蜘蛛の話しが神秘的で、どうも謎めいた人間関係があったようである。さらに別の失踪が明らかになる。
 
 
現代の海外ドラマとかでなら、謎が謎を呼んで事態が二転三転するという物語も良くあると思うんですけど、こんなに何度も展開をして楽しませる近代小説はめずらしいんじゃないかと思いました。
 
 
商いをちゃんと引き継げる婚姻をしてほしいという江戸時代らしい家族の願いがあって、蛇と死人の呪いという平安時代の源氏物語みたような神秘的な話しもあって……しかもそれが格調高く読みやすい現代語で書かれているので、日本語たのしいなーと思いました。
 
 
時代がちがう話しを読んでいると、現代の遊びの流行がどうして今このように展開しているのか、かえって見えてくるような気がしました。オチの一文までみごとでした。
 
 

 
 
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雪の一日 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「雪の一日」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ぼくは、季節や風雨の影響をほとんど受けない都市生活をしていたことが5年くらいあって、その頃は大雨が降っていても地下道を通って会社に行くだけだったので、傘さえほとんど必要なかったですし、平日は年に数回、電車が台風で止まる時くらいしか天気のことを気にしなかったんです。
 
 
そのあと雨が降ったら車も無いのでメシが手に入れられないという暮らしもしたことがあってその頃は空模様ばっかり気にしていたんです。季節感のある暮らしも両方好きなんですけど、近代の随筆の特徴は、自然界からいったん解放されつつ、やはりさまざまな点で寒暖風雨に強い関心を持ってそのことを描いていてその四季や寒暖を愛でるのが現代人よりもリアルで迫力があって面白い。
 
   
弥生時代くらい古かったら、天気だけが意識の中心にあって、そうなると雨や空が神格化されて崇められる。現代に住む貧乏人としては近代文学の面白いところは、季節感や五感の描写が奥深くて美しいところだなあと思いながら、この随筆を読んでいました。  
 
   
岡本綺堂はこう記すんです。「寒い国の炉のほとりに、熱い国の青葉のかげに、多数の人々を慰め得るものは」小説の自由な空間だというわけですけど、田舎のほうでは、舞台劇は見ることが出来ないわけで、そこでは寒さに閉じ込められた人々が居て、その遊離した時間に対して小説の空間が役に立つと指摘している。
 
 
岡本綺堂は読み手の季節にまで気を配ってものを書いていたのかと、ちょっと衝撃を受けました。今から岡本綺堂を何作か読んでみたいです。
 
 

 
 
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時間 横光利一

今日は横光利一の「時間」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
近代文学に欠如しているのは娯楽性で、これはもう現代の小説や映画やマンガを読むしかないと思うんですが、たまにドグラマグラのように今存在しないような爆発物みたいな……楽しんで良いのかどう読んで良いのか判らない近代文学がある。
 
 
今回のは静かな娯楽目的の小説という印象で物語が始まって、モノクロの日本映画でも見ている気分になりました。
 
 
演芸かサーカスの一座が潰れて、どうしても長らく泊まっている宿の金を払えず、もはやみんなで逃げるしか無い。ところが一人、波子だけは身体が弱りきっていて、夜逃げできそうに無い。
 

私は波子の枕もとへいって一度立ってどれほど歩けるものか歩いてみよというと、彼女は立ちは立ったが直ぐ眼が廻るといって蒲団の上へふらふらっとうずくまってしまって……
 
読んでいるとやっぱり、娯楽小説というよりかは、純文学みたいな展開になる。十二人の集団心理がゴロゴロと転がって、誰が裏切るか、どうやって一時的な団結を保持して逃げ切るか、病人を一人抱えながらどうなるのか、という話しなんですが……つづきは本文をご覧ください。
 
 
横光利一は何故だか、団子状に連なった人々を描くのが上手い。仲間割れの闘争の箇所が、ゲーテはファウストのメフィストフェレスが現れる寸前のような様相でした。労働者が監禁されて死ぬ思いをするというのは、どうも実話としてあったようで、現代でも最先端の企業で監禁は無いにしてもそういうことも起きるようで、そういう事実と響きあっている物語でした。
 
 
ところでこの十二人の人びとを羅漢にたとえているんですけれども、五百羅漢の像というのはこういうのです。
 
 

 
 
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