卍(まんじ) 谷崎潤一郎(2)

今日は谷崎潤一郎の「卍 まんじ」その2を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
30回かけて読む予定だったんですが、ちょっと巻きで全6回で読み終えてみようと思います。第6回で最終回になります。
 
 
女生徒・柿内さんは、ちょっと奇妙な絵の才能があるようで、モデルを目の前にしてデッサンの練習をしていても、なんだか別の誰かに似てしまう。自分が好きな顔を描いてしまう。描き手の心理が、絵にあらわれてきてしまう……。
 
 
校長先生は、そんな好きなふうに描くだけでは練習にならないので、ちゃんとモデルを正確に見て、的確にこれを写生してみなさいと言うのですが、柿内さんは、そんなことしたくない。芸術行為はロボットのようにコピーペーストする作業では無い。それで若き未亡人でもある女学生柿内さんと校長先生でケンカになる。本文こうです。
 
 
「……自分勝手の絵エ画くくらいならモデル使う必要あれしません。ましてこの観音さんがモデル以外の或る実在の人間に似てるとしたら、あんたの理想いうもんもはなは不真面目ふまじめに思えますね」いわれるのんで、「わたしちょっとも不真面目とちがいます。仮にこの顔誰ぞに似てても、その人の顔観音さんの感じ出すのに適してましたら、それ写しても芸術的にやましいことない思います」いいますと、「いや、それがいかんのんです。まだあんたは一人前の芸術家ではありません。あんたがその人の顔清らかであると感じられても、万人がそう感じるかどうか、それが問題です。そういうことからとかく誤解が起るのんです」……
 
 
誤解なんて起きるわけがないと女学生柿内さんが言って先生にケンカで勝ったつもりになっていたわけなのですが、変な噂が広まってしまった。柿内さんは光子さんのことが好きすぎて、彼女の肖像画を描いてしまったと思われてしまい「つまりわたしが光子さんに対して同性愛捧ささげてる、光子さんと私とが怪しい」と学校中で思われるようになってしまった。思ったまま、好きなように絵を描いてみただけで、ずいぶんややこしいことになってしまった。
 
 
真相はどうも、これは校長の計略であって、政敵のような存在に変な噂を流すということを、つねづねやっているようなんですが……。
 
 
とうの光子さんというのは「恋愛の天才家といったような気魄きはくちた、魅力のある眼つき」の美しい人なんです。読んでいると、どうも光子さんはもう亡くなっている。本文にはこう書いてます。
 
 
  光子さん…………若うに見えてますけど、ほんまは一つとし下の二十三………生きておられたら今年二十四ですねん。 (※………部分は省略)
 
 
ところが、柿内さんはじつに生き生きと、光子さんとのデートや、お人好しな夫とののんきな話しについて、とうとうと語っている。楽しい記憶というのが消えるわけではない。
 
 
光子さんはレズビアンの噂がたったことによって、イヤなお見合い男の、相手をしなくて良くなった。未亡人柿内園子さんと、光子さんとの性的な描写がすさまじくて、クラクラします。これは……なんだかやばい小説を読みはじめてしまった、という感じがします。漱石の知的な設定に、ドストエフスキーの激情を混ぜ合わせたら、谷崎潤一郎の文学になると思いました。
 
 

 
 
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 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  

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人生案内 坂口安吾

今日は坂口安吾の「人生案内」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
西洋では文学の中心は「詩」にあって、それはもう古来から現代まで通底してそうであって、海外では詩で哲学をやる。詩のみで構成した演劇をやる。ミュージシャンが文学者だと認識されるのは日本では「えっ?」と思ってしまうが、世界文学ではどうも当然の事態で、それは文学と言えば詩だから、歌詞も当然文学として受け入れられる。ぼくはいまでも、ボブディランがノーベル文学者だと位置づけられたことに「えっ?」と驚くんですけど、それだけ西洋では詩が中心になっているってことなんだろうなと、最近思いました。ノーベル文学賞第一回受賞者はフランスの詩人です。そしてアジア初のノーベル文学賞受賞者はインドのラビンドラナート・タゴールという詩人ですよ。詩人が中心に居る感じがします。ゲーテのファウストは、詩の言葉だけを使って全文が記されている……。
 
 
日本では源氏物語や漱石の始めた文学が、みんな小説で、小説が愛されているのが日本で、だから近代文学と言えば小説の妙手である芥川龍之介や太宰治が愛読され続けている。日本には「かの有名な、詩人で哲学者の……」という人物があんまり居ない。哲学者の随筆がある、というのが基本のように思います。
 
 
ディープな読者が多いのに、一般的にはそれほど読まれないのが坂口安吾で、安吾は随筆や評論がすごい。それと較べると小説はそうでもないのかなと思ってこれを読んだら、やっぱりめちゃめちゃ面白いです。はじめの数ページが低調なことがある、気がするんです。後半になってエンジンがかかってきてぐーっと引き込まれる。
 
 
坂口安吾は貧しいところを堂々と書くのが、現代文学者とかなり違うところなんでないかと思いました。しかもわびしい貧しさじゃ無くて、暑苦しいような貧しさを描く。凍えるような貧しさを書くんでなしに、熱のある貧困を描くんです。それで引き込まれます。
 
 
困苦を描いた投書をすることに夢中になった男が居て、ところがだんだん、事実を記載するはずの新聞の投書欄に、筆が乗りすぎて嘘八百の悩みを書いて掲載してもらうのが趣味になってしまった。男なのに女になりきって、ありもしない悩みを訴える、というのを繰り返すようになって、これにのめり込んでしまった男。
 
 
ところが機械化の波にさらわれて、本業の手延べラーメンの麺打ちが、機械式の大量生産された麺に取って代わられてしまって、仕事を辞めざるを得なくなった。出稼ぎの低賃金労働者みたいになってしまって、金が稼げず、肝心の趣味の新聞を買うことさえ出来なくなった。それでやむなく、男は家にこもって子育てをして、女がオシャレな店で働くことになった。
 
 
男はもはや、新聞への投書だけが生きがいになってしまった。あつい涙が滴るような、嘘の悩みならいくらでも書けるのに、ホントの悩みはまるでネタにならないや、と男は思う。後半はめくるめく笑いの渦が押しよせてくるんです。これ、たぶん演劇の原作とかになったんだろうなと思いました。今の時代もぜったいにこう、投稿にだけ夢中になっている男って居ると思うんです。ツイッターとかブログとか。
 
 
妻はついに、金も稼がず趣味だけやってる男を見限って、良い男を見つけてしまった。だんなはこれにやっと気がついて、急にタタミから起きあがって妻を問いつめる。女はまるで働こうとしなくなった男を、正論でぶった切るんです。本文こうです。
 
 
「ヤイ、間男しやがったな。亭主の顔に泥をぬるとは何事だ」
「泥がぬれたらぬたくッてやりたいよ。どれぐらい人助けになるか分りゃしない。お前の顔を見ると胸騒ぎがしたり虫がおきるという人がたくさんいるんだよ。私はね、広い世間へでてみて、お前のようなバカな男がこの世に二人といないことが分ったんだよ。私は今までだまされていたんだ。畜生め! 人間のフリをしやがって。お前なんか人間じゃアねえや。雑種の犬か青大将とつきあって義理立てしてもらえやいいんだ。出来そこないのズクニューめ。他のオタマジャクシだってオカへあがってジャンパーを着るとお前より立派に見えらア。間男なんて聞いた風なことを云うない。人間のフリをするない。さッさと正体現してドブの中へもぐってしまえ」
 
 
ここから先がすごいボケとツッコミなんです。ぼくが今まで読んだ青空文庫の近代文学の中でいちばんユーモアがきいた物語だと思いました。みごとな下町の落語という感じがしました。オチも良いんですよ。ホントの悩みにぶち当たったらもう、言葉も無い。声に出して相談なんてしてられない。ましてや文章にするのはむつかしすぎる。新聞の人生案内は、あくまでも仮想空間として成立している。男はこうつぶやきます。
 
 
「人生案内てえものがニセモノに限るように、人生も人間てえものもいいカゲンの方がいいのかも知れねえな。」
 
 

 
 
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 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  

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ハイネ詩集(18)

今日は「ハインリヒ・ハイネ詩集」その18を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
「王女が夢にあらはれる」という詩の一節がある今回の詩で、古代に思いを馳せる恋愛詩なんですけど、この夢想は、自分は古代エジプト文明とかを映像資料で見ているときに感じるわけなんですけど、ハイネはどの時代の「女王」を詩に描いているのかと、空想しながら読んでいました。ハイネは記します。
 
 
 『わたしは夜を待ちかねて
  あまりにあなたの恋しさに
  …………
 
 
オチの一文に驚きました。つづきは本文をご覧ください。谷崎潤一郎が『陰翳礼賛』で述べていた、西洋における透明でガラスのように透きとおっている幽霊観というのを、まのあたりにした気がしました。幽霊なのに星のように美しい描写なんです。今回は、楽しい詩が多いんです。
 
 
 幽霊島はうつくしく
 月のひかりにかすんでゐる
 たのしい音色が洩れて来て
 霧は踊つて波をうつ
 
 
ほかにもこんなスタンザがあります。
 
  
 むかし話のおもしろさ
 その中にある夢の国
 魔法の国のたのしさが
 白い手をしてさしまねく


「白い手」というのがユーモラスに描かれます。西洋のファンタジーの源流をまのあたりにするような詩がいくつもありました。
 
 

 
 
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卍(まんじ) 谷崎潤一郎(1)

今日は谷崎潤一郎の「卍 まんじ」その1を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回から、6回くらいかけて谷崎潤一郎の代表作を読んでみようと思います。谷崎の小説を読むのが僕ははじめてなので緊張するんですけど、読んでみるとするすると読める作品で、谷崎潤一郎は漱石文学を崇敬しているんですけど、そこから現代的に、小説を進化させた作家のように思いました。森鴎外や樋口一葉のような難読性はないので、物語自体に引き込まれます。
 
 
美しい関西弁で紡がれるんですが、手紙文や会話文のような、主人公の一人語りで物語が展開するんです。ある既婚の女が先生に告白をしている。主人に内緒で不倫をしていた……。ただ深い仲というわけでもなかったんですが、その相手が忘れがたくて、悶々としている女がいる。「ええことない男やった」という記述が印象的でした。その女が、社会人も自由に入れるような、ある女学校に通いはじめた。絵画を学習中に、デッサンをしていてふと、彼女は光子さんという人を無意識に描いていた。
 
 
彼女はどうも、恋に吸い寄せられる人生のようで、急にこの光子さんにたいして気持ちが入ってしまった。恋の依存症になっているようなんですが……。
 
 

 
 
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春遠し 宮本百合子

今日は宮本百合子の「春遠し」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
あのー、ちょうど10日ほど前の、新聞の選挙情勢調査をツイッターに纏めている方が居て、それを選挙結果と見比べながら、どのくらい的中していたのかを調べてみたんですけど、やっぱり新聞社の事前調査通りの投票結果になってるんです。
 
 
とりあえず東京の事前調査と選挙結果を見比べてみると、25の選挙区があるなかで、事前調査をくつがえしたのが東京18区の立憲民主党菅直人氏だけなんですよ。それ以外はすべて、10日以上前に新聞社が電話等で調査したとおりの投票結果になっています。あと東京21区は新聞社に接戦と書かれていてその通りで自民党の議員1人だけが他党に抜かれているくらいで、東京全域では、ほぼほぼ事前調査の通りでした。もう五十年以上もやってきた新聞社の選挙予測って、ずいぶん正確なんだなと思いました。 
 
 
それから今回、投票率の低下が危ぶまれていたわけなんですけれども、じつは台風が来ているというニュースが事前に幾度も流されたため、期日前投票が過去最多となっていた。NHKではこう報道しています。ただ、全体の投票率はやっぱりとても低くてNHKによれば「53.60%」あたりで、過去2番目に低い状況なんだそうです。
 
 
ドイツの総選挙では、投票率が76.2%ととても高い。どうして日本は投票率が下がっちゃったのかなと調べてみたんですけど、じつは2005年から2009年あたり、ちょうど10年前は、日本もまだまだ高い投票率だったんですよ。
 
 
戦後すぐから1990年(平成2年)までは、投票率はけっこう高くてですね、70%を越える時のほうが多かった。現代のドイツと同じで。昭和の時代でいちばん投票率が高かったのは1958年(昭和33年)で投票率76.99%と、4人に3人は行った。病や事情があった人以外はほぼみんな行った感じだった。
 
 
投票率が55%を切って棄権者が激増するようになったのは、2014年のことで、この頃にどういう変化があったのか探ってみると、インターネット選挙が解禁された時期なんですよ。選挙中と選挙後のSNSを見てまわっていて、なんだかむつかしい時代だなあと思いました。
 
 
宮本百合子は、戦後すぐの1946年の選挙結果について記しています。婦人に参政権が認められ、投票率は予想を超えて高かったそうです。明日の食糧危機の問題のほうが大きい時代で文中に「婦人自身にしても、参政権などよりも、やすいおいもがほしいと云い、それどころか暇がなくて、と、何度云って来たことだろう」と記されていて、餓死がもっとも深刻だった時期に、みんなせっせと投票所に足を運んだという事実が記されています。宮本百合子はこう記します。
 
 
  今度の総選挙は、日本の民主化のための重大な国民の行事であった。そのために、四月十日は休日になった。それほど大切な投票である
 
 
また、当時の政治家の性質を読み解いた分析もしていて、宮本百合子はこう記しています。
 
 
  こうして見ると、一番多くの代議士を出している自由党が、ひと手に五十七人もの社長重役をもっている。これは自由党の当選者一四一人の殆ど半数が、そういう資本家たちで占められているということである。
 
 
大資本家に政治が牛耳られてしまった……というのは現代世界中で起きていることのように思います。戦後すぐの外国人記者は、1946年の日本について取材を重ねており、この選挙結果に懸念を示していた、と宮本が指摘しています。詳しくは本文をご覧ください。あと、オチが印象に残りました。こう書いていました。
 
 
  私たちは、今回の教訓から非常に多くのことを学ばなければならない。まだまだ日本の民主化と婦人の幸福には遠い総選挙であることを知り、しっかりと代議士の活動を監視し、次のより民主的な選挙に用意しなければならないのである。
 
 

 
 
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ハイネ詩集(17)

今日は「ハインリヒ・ハイネ詩集」その17を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ハイネの詩を読んでいて「ここおもしろい」と思う箇所があるわけなんですけど、それはおそらくハイネの生きたドイツとパリでは、まったく違うように受け入れられていたんだろうなと思ったんです。
 
 
「わたしの心を二つに切つて」という詩句が記憶に残る作品で、これは朗読する人によって印象が一気に変わる気がするんです。ジェームズ・ステュアートが朗読すれば甘い恋の物語になるでしょうけど、ストーカー男を演じる俳優がこの詩を詠んだなら、古典的なホラー映画になってしまいそうで、マルクス兄弟がこの詩を歌ったらコメディーになる……そういう奇妙な変化が起きそうな、詩なんです。ハイネはこう記します。
 
 
 わたしはどうしても忘れない
 わたしの愛したかはいゝ女
 
 
つづきは本文でご覧ください。
 
 

 
 
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陰翳礼讃(16) 谷崎潤一郎

今日は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」その16を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回最終項にて、谷崎はイギリスのおばあさんたちが「近ごろの若ものときたら」という愚痴を言っていたことを紹介しているのですが、こういうことはじつは4000年前のエジプトのピラミッドが造られていた時代からずっと続いているそうなんです。真実かどうかは不明ですが、柳田国男が『木綿以前の事』という随筆で、イギリスの学者さんの言葉をこう翻訳して書いています。
 
 
  この頃の若い者は才智にまかせて、軽佻けいちょうの風をよろこび、古人の質実剛健なる流儀を、ないがしろにするのはなげかわしいことだ云々と、これと全然同じ事を四千年後の先輩もまだ言っているのである。
 
 
谷崎は「人間は年を取るに従い、何事に依らず今よりは昔の方がよかったと思い込むものであるらしい」と書きます。 
 
 
谷崎潤一郎が、メシの話しをするんですが、その製法や美味の秘訣が仔細に語られていて、その描写が凄くて、ほんとに美味しそうで……文章ってじつはこういうこともできるのかと思いました。
 
 
谷崎は、後半このように記します。
 
 
  われわれが既に失いつゝある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。文学という殿堂ののきを深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい。それも軒並みとは云わない、一軒ぐらいそう云う家があってもよかろう。
 
 
次回から谷崎の小説を読んでみようと思います。
 
 

 
 
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