停車場の少女 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「停車場の少女」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
小説は虚構を描くはずなんですけど、その内部で「これはほんとうの事で」と書いてあるのが、なんだか好きなんです。怪談にはこういうのが多いと思います。それからドストエフスキーの小説にも、この前置きが多いと思います。

 
そういう話しを聞くと、作中作というか、ハナシの中のハナシというか、又聞きというか、入れ子構造というか、マトリョーシカの中を開いてゆくかんじがして面白いような気がします。本文こうです。
 

わたくし自身が現在立会ったのでございますから、嘘や作り話でないことだけは、確かにお受け合い申します。
 
 
まずは東京から湯河原への朗らかな旅の様子が描写される。それだけでもじゅうぶん面白いんですけど、そこから大雨にみまわれて温泉宿がちょっと隔絶されて、怪異のきざしがみえはじめる……。現代の怪奇映画ならビクッとすることあるんですけど、近代の小説でこういうのはめったにないかとおもいます。うわあっと、思わず叫んでしまいました。岡本綺堂はなにか、理非や思想を無視しているところがあって、タガが外れていて予想がつかないところがある。そこが読んでいて興味深いんだと思いました。ちょっと怖すぎる怪談でした。
 
 

 
 
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河童小僧 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「河童小僧」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
岡本綺堂は、なんだかとっても怪しいことを書くんです。正しいことを言おうとしないから、妙に惹きつけられるんだと、今回の怪談を読んでいて思いました。
 
 
河童の話しを読んでいて、現代でも町の水路で死亡事故が起きやすいんだというニュース記事を思いだしました。オチが無い怪談モノなんですけど、あきらかに悪いことをどうやって書くのか、どう読むのか、というのがなんだか気になって興味深かったです。
 

…………幽魂が夜な夜な形を現わして、未来の救護すくいを乞うたのであろうと云う噂で、これを思えば死者に霊無しとも云われまいと、現在その死体を引きあげた一人の昔噺。世にはかかる不可思議の事もあるものか。
 
 

 
 
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穴 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「穴」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
岡本綺堂がおもしろい理由がなんとなく判ってきたんです。興味があるけれども、ちょっと現代からかけ離れている江戸時代の奇怪な風物、その名残を、コナンドイルを耽読した明治大正の作家が書くから、おもしろい。ちょうど現代から見て、岡本綺堂はみごとな中継地点になっているんだと思うんです。
 
 
古い時代劇だと書き割りのセットみたいな町並みが映り込むんですけど、岡本綺堂は荒れはてた町と屋敷の実体を事細かに書いたりする。
 

江戸時代から明治の初年にかけて高輪や伊皿子いさらごの山の手は、一種の寺町といってもいい位に、数多くの寺々がつづいていて、そのあいだに武家屋敷がある。といったら、そのさびしさは大抵想像されるであろう。殊に維新以後はその武家屋敷の取毀とりこわされたのもあり、あるいは住む人もない空屋敷あきやしきとなって荒れるがままに捨てて置かれるのもあるという始末で、さらに一層の寂寥せきりょうを増していた。

家の庭内で毎晩がさがさという音が聞えるという
 
ここから先のハプニングが、すごい。展開をここに書くとせっかく原文を読んだ時に面白さが半減しちゃいそうでどう書いたら良いか困るんですけど、大正時代の小説ってみごとに娯楽性があるんだなと、驚きました。電気の無い夜の世界というのが、ぞくぞくする。
 
 
庭と荒れ地の間の空間。荒廃しているとか提灯ではどうにもならない闇夜だとか敷地が広すぎるという理由で、自分の空間というのが、自分の空間で無くなっているという……この暗い謎の状況が良いんですよ。
 
 
また謎の質が変容して、物語が二転三転するのも興味深かったです。暗い事件もちょっと書き記されている小説なんですけど、終盤「父」の事件に対する恬然とした態度に唸りました。
 
 

 
 
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蜘蛛の夢 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「蜘蛛の夢」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
  
 
岡本綺堂は、小説の構成が整っていて、文体も現代語とほとんど変わらない文章で、近代文学の中ではもっとも読みやすいように思いました。
 
 
読み方がおかしいと我ながら思うんですけど、江戸時代ってほんの200年ほど前で、けど今とそれほど変わらなかったのかもなとか、やっぱ電気とEメールが無い時代って、太陽と天候と住み家が人間関係に直接影響を与えるんだなあとか、ハナシと関係ないところでいろいろ思うところがありました。
 
 
作中、こういう発言があります。「商売ごとは奉公人まかせで、主人は朝から晩まで遊び歩いていちゃあ仕様がない」「どうも新宿の方へ行くらしいんだよ」こんなの今の時代とまったく同じじゃん、と思うんです。電気もメールも無くっても、やることはあまり変わらない。
 
 
親戚がどうも新宿で遊び歩いているらしいという判りやすい謎と、判りにくい謎の2つが序盤から提示されていて、構成がほんと丁寧なんです。優れた現代小説でも読んでいるようです。
 
 
中盤での、落雷と蛇と蜘蛛の話しが神秘的で、どうも謎めいた人間関係があったようである。さらに別の失踪が明らかになる。
 
 
現代の海外ドラマとかでなら、謎が謎を呼んで事態が二転三転するという物語も良くあると思うんですけど、こんなに何度も展開をして楽しませる近代小説はめずらしいんじゃないかと思いました。
 
 
商いをちゃんと引き継げる婚姻をしてほしいという江戸時代らしい家族の願いがあって、蛇と死人の呪いという平安時代の源氏物語みたような神秘的な話しもあって……しかもそれが格調高く読みやすい現代語で書かれているので、日本語たのしいなーと思いました。
 
 
時代がちがう話しを読んでいると、現代の遊びの流行がどうして今このように展開しているのか、かえって見えてくるような気がしました。オチの一文までみごとでした。
 
 

 
 
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雪の一日 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「雪の一日」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ぼくは、季節や風雨の影響をほとんど受けない都市生活をしていたことが5年くらいあって、その頃は大雨が降っていても地下道を通って会社に行くだけだったので、傘さえほとんど必要なかったですし、平日は年に数回、電車が台風で止まる時くらいしか天気のことを気にしなかったんです。
 
 
そのあと雨が降ったら車も無いのでメシが手に入れられないという暮らしもしたことがあってその頃は空模様ばっかり気にしていたんです。季節感のある暮らしも両方好きなんですけど、近代の随筆の特徴は、自然界からいったん解放されつつ、やはりさまざまな点で寒暖風雨に強い関心を持ってそのことを描いていてその四季や寒暖を愛でるのが現代人よりもリアルで迫力があって面白い。
 
   
弥生時代くらい古かったら、天気だけが意識の中心にあって、そうなると雨や空が神格化されて崇められる。現代に住む貧乏人としては近代文学の面白いところは、季節感や五感の描写が奥深くて美しいところだなあと思いながら、この随筆を読んでいました。  
 
   
岡本綺堂はこう記すんです。「寒い国の炉のほとりに、熱い国の青葉のかげに、多数の人々を慰め得るものは」小説の自由な空間だというわけですけど、田舎のほうでは、舞台劇は見ることが出来ないわけで、そこでは寒さに閉じ込められた人々が居て、その遊離した時間に対して小説の空間が役に立つと指摘している。
 
 
岡本綺堂は読み手の季節にまで気を配ってものを書いていたのかと、ちょっと衝撃を受けました。今から岡本綺堂を何作か読んでみたいです。
 
 

 
 
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棄轎 田中貢太郎

今日は田中貢太郎の「棄轎」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
まるで判らなかった箇所を克明に描きだすのが、文学や哲学なんだ……と思うんです。一方でちょうど上手いこと判るというのが面白いのが、映画や絵画や娯楽だとも思うんですけど、この怪談は典型的な怪談なのに、なんだかすごい。どこが印象に残るのか謎なので2回読んでみたんですけど、とにかくきらびやかで美しい人というのが居る。ところが、肝心なところががらんどうになっている。
 
 
もう夏も終わりで、おでんがいちばん売れている時期が来ているのにこんなに涼しい話を紹介してすみませんが、タイトルも見事ですよ。棄教ききょうならぬ、棄てられたかご棄轎すてかご。カゴってそもそも大切に守るために存在している。それが棄てられていて、しかも中にまだ人がいるというのがアンビバレンスです……。
 
 
耳で聴いた方が雰囲気が出るんじゃないかとおもうんです。youtubeの朗読はこちらです。
 
 
子犬が芝生でボール遊びをしていてコロッと転んだ、という愛らしさの……ちょうど反対側。こわい! です。
 
 

 
 
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兜 岡本綺堂

今日は岡本綺堂の「兜」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
震災のあとに聞いた、不思議な噂話のことが描きだされています。
 
 
邦原家の住み家が、地震の被害にあってしまったんですが、古い兜だけが傷一つなく残った……。それをわざわざ避難先に届けに来てくれた、謎の女が居た。美しい怪談みたいな始まり方です。
 
 
作中に出てくる、大正12年の震災というのは、これは関東大震災のことです。(ちなみにwikipediaには寺田寅彦の当時の随筆が引用されていました)
 
 
どうやって災害の最中で、この兜だけが無事で、持ち主に戻ったのか謎なんです。謎を追っているうちに、盗んだ者と、届けてくれた者の2人が関わっているはずだと推理する。
 
 
そのうちに、話しが、江戸末期の物騒な世の中で、その兜がどのように世を流浪していったのかが、描きだされる。江戸末期と言えばすでに兜など身につけないわけなんですが、その男はなぜか、鉄の兜だけをかぶっている奇妙な姿であった。その兜の男に夕暮れの辻斬りが切りつけた。兜はこの渾身の一太刀を、なぜか跳ね返していた。ふつうなら割れていておかしくない。
 
 
さらには辻斬りの男も不明で、脇役の出し方や、話しの変転が妖しくてすてきな怪談なんです。兜はくりかえし、謎の女に運ばれて、顔の見えない賊に盗まれてゆく。
 
 
時間が少しずつさかのぼってゆくのが秀逸なんです。因果の因が起こった時代へとするするとさかのぼってゆく。
 
 
ふつう、怖いものは、汚さとか不快さを伴うはずなんですが、この岡本綺堂の「兜」はなんだかきれいに怖いんです。自分にとっては新体験の、不思議な物語でした。
 
 

 
 
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