

今日は和辻哲郎の「生きること作ること」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
和辻哲郎は、なにか良いものに接することが出来なくなったところから恢復に向かい、ドストエフスキーやトルストイなどの古典に心が開かれてゆく瞬間をこう記します。
しかしやがて理解の一歩深くなった喜びが痛みのなかから生まれて来る。私は希望に充ちた心持ちで、人生の前に――特に偉人の内生の前に――もっともっと謙遜でなくてはならないと思う。そして底力のある勇気の徐々によみがえって来ることを意識する。
そういえば哲学者のウィトゲンシュタインは、戦場で悲惨をまのあたりにしたときに自分を支えたのが、戦地でもつねに持ち歩いていた、トルストイの「要約福音書」だった。こういう文化の共通性を見つけ出すのがなんだか最近楽しくて、もうちょっとちゃんと本を中身まで漏らさず読んでみたいなと思いました。はい。後半で、創作論というか評論の極意のようなことがさらっと記されている。やっぱり哲学者のエッセーはすごいなと思いました。和辻は、文学論としてこういうことを記していますよ。本文こうです。
体験の告白を地盤としない製作は無意義であるが、しかし告白は直ちに製作ではない。告白として露骨であることが製作の高い価値を定めると思ってはいけない。けれどもまた告白が不純である所には芸術の真実は栄えない。私の苦しむのは真に嘘をまじえない告白の困難である。
和辻はまた、漁師たちの生き方をみごとに活写するんですけど、ちょっとこんな随筆が現代にあったらほんとにビックリするだろうなと……思いました。こういうのは、現代ではドキュメンタリー作家が映像を通してそれに専念してやっている。和辻はとにかくトルストイを推している。こんど読んでみたいです。
和辻の随筆に記されている『ファウスト』というのはゲーテの代表作なんですけど、ゾシマというのはこれは、ドストエフスキー作『カラマーゾフの兄弟』の、弟アリョーシャが暮らした修道院にいる長老のことです。この長老ゾシマに和辻哲郎が感情移入しているということは、アレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ(アリョーシャ)という心やさしい青年を想起して書いているということになります。
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ここからは新サイトの「ゲーテ詩集」を紹介します。縦書き表示で読めますよ。
ゲーテは詩心についてこう記します。
わたしがどんなに迷ひ、どんなに努めたか
どんなに悩み、どんなに生きたかは
ここなる花輪の花となる
さうして老境もまた青春も
徳も不徳も集めて見れば
また捨てがたい歌となる
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約10秒)
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