白痴(10) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その10を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
悪人と悪人の闘争、というのが始まりそうな予感がする。ガーニャの怖さと、ロゴージンの迫力はだいぶ差があるようで、毒ガエルとヘビの闘いを見ているような感じなんです。ロゴージンは大金持ちだし派手なんです。手下を何人も連れてガーニャのところへやって来る。

ガーニャはまるでからだじゅうがしびれたように、閾の上にじっと無言のまま立って十人か十二人の総勢がパルフェン・ロゴージンの後にしたがって続々と広間にくりこんで来るのを眺めていた。

ドストエフスキーは凶悪犯と同じところで暮らしたこともあるし、賭博場に入りびたっていたこともあるし、とにかくヘイトフルな現場での悪漢との付きあいというのが経験として色濃いわけで、そういう作家の経験に近いところを描きだす描写がやっぱり、リアリティーがあって面白いように思うんです。「もはや失うべき何物も持たない死刑囚の大胆さがこもっていた」という文章なんて、そういう経験が無かったら出てこないように思うんです。
 
 
ロゴージンの迫力に気圧されて、卑怯者と罵られたガーニャはすくみ上がってしまうんですけれども、ふしぎなことにそこにヒロインのナスターシャが現れると、こんどはロゴージンが真っ青になってしまう。

ナスターシャ・フィリッポヴナもまた、不安に満ちた好奇心をいだいて客を眺めていた。

他人の家に何人も押しかけて入りこむのはダメだと思うんですけど……ロゴージンの言い分はこうです。

ほんの三か月前、カルタのかけでおれの親父の金を二百ルーブルまき上げたじゃねいか。そのため老爺おやじは死んだんだ。それを知らねえなんてぬかしやがって。

あとこういう暴言を、直接いいます。

貴様って野郎はルーブル銀貨三枚もポケットから出して見せりゃ、ワシーリェフスキイまで四つんばいになって歩く野郎だ。貴様ってそれくらいな野郎だ! 貴様の根性ってそんなもんだ!

ロゴージンは、おそろしい大金持ちなんです。

金はふんだんにあるんだから、貴様も、貴様のからだもすっかり買ってやらあ……その気にさえなりゃ、貴様ら束にして買ってやらあ!

このセリフが不吉なんですよ。ナスターシャもここに居るわけで、彼女は「嘲弄するような、高慢なまなざしで、彼の顔色をうかが」っている。ロゴージンは大金をやるからオレの所に来いと言って札束を投げるんです。この無茶苦茶な申し出に、ナスターシャは激しく笑い始める。
 
 
さらに、ナスターシャによって家を汚されたと思い込んでいる女性までこの現場に居て、さかんに叫びはじめる。そこいら中が壊れた人間関係なんです。
 
 
ここにまったく無関係なムイシュキン公爵が間に割って入って、全員の身代わりになって、仲裁を試みる。けっかガーニャに殴られてしまう。その場に居たそこら中の人が、公爵に「抱きついて接吻し」て「公爵の周囲に詰めかけ」る。ロゴージンもナスターシャも、ムイシュキン公爵の態度と考え方が、好きになるんです。
 
 
いろんな悪態と醜態があって、そうしてみんな、嵐のようにガーニャの家から去って行った。……次回に続きます。
 
 

 
 
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 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  
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【書籍購入】ヘミングウェイのパリ・ガイド

今日もネットで買える本を紹介します。
 
 
Amazonプライム会員は月額約400円くらいで、映画や音楽や、それから文学作品を数十冊以上、これらが0円で読み放題、見放題、聴き放題なんです。
 
 
この無料コンテンツの中で、ウッディアレンの2011年の映画『ミッドナイト・イン・パリ』が0円で見放題になってたんですけど、もう何回見たかわからないくらい繰り返し見ちゃったんです。ここでパリに集まった芸術家たちが描きだされるんですけど、なんともおもしろい。フィッツジェラルドやヘミングウェイがあらわれて、みんなが深夜のパリで話し込む、という内容なんです。
 
 
 
 
『ヘミングウェイのパリ・ガイド』という本も読んでみました。冒頭にヘミングウェイの言葉が記されています。

もし若いときに
パリに住む幸福に巡り会えば、
後の人生をどこで過ごそうとも、
パリは君とともにある。
なぜならパリは移動する祝祭だから。
『移動祝祭日』より

写真の数々がまた良いんです。パリのイスラム文化に関するエッセーが1ページだけあって、興味深かったです。

 
  
 
えーと、それからあと、ブラウザで文学作品を読書している時に、オススメのJAZZはこちらです。Amazonプライム会員なら0円です……。



 
 






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与謝野晶子詩歌集(1)

今日は「与謝野晶子詩歌集」その1を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今回から与謝野晶子の詩と歌を読んでゆこうと思います。詩の中にネズミが出てきます。ペストがやっと消えていった時代で、ネズミがこう……猫や家守のように無害な生きものに感じられる社会に到達しているのかな、と思いました。
 
 
与謝野晶子の歌は、現代語のみの知識で読むと、ちょっと意味が判らないんです。けれども詩はほとんど現代語に近いものもあって、日記を読むように読めるんです。神秘的なものから理知的なものまで、幅広い詩歌を楽しみました。全部で250回くらいあるので、一つ一つ読んでみたいと思います。
 
 

 
 
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幸福への道 素木しづ

今日は素木しづの「幸福への道」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
素木しづは、大正時代に結核を患いつつも、小説を描き続けた女性で、僕は今回はじめて読んだんですけど、文体の静謐さに魅了されました。体験が美しく変容していって文学になるという、そういうのはあるはずだと思っていたんですけど、やっぱりあったなあと思いました。
 
 
芥川や漱石は理知的に、語学や海外文学を研究しているうちに文学創作の深いところまで入っていった印象なんですけど、ぼくはどうも実話が好きなので、体験と芸術が美しく入り混じった作品に興味があって、この素木しづという作家の作品をもっと読んでみたいと思いました。
 
 
作中の彼女は恋人と二人で、美しい「野」を求めて歩くのですけれども、どこも「いこふ野に一本の木もなく、土はかたく荒れて、草はまばらに肌を見せてゐ」るような淋しい大地しかない。彼女はなにか、楽園やあるいは療養に相応しい清潔な空間を求めているようで、切実さを感じる。作中で、二人の差異が露わになるところがあって、この人と人との違いが立ち現れてくるのが文学の魅力なんだと思いました。
 

ふりあふぐ瞳のなかに、彼方に見ゆる丘や森は、すべて幸福に見えた。
 
ちょっと、むつかしい文字を調べてみました。
 
戀(たんなる旧字です)
 
圍繞
 
 
 

 
 
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白痴(9) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その9を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ヒロインのナスターシャと、不気味なガーニャは、結婚をするかもしれない男女であるはずなんです。結婚をするはずの男女が、ひさしぶりに逢うわけなんですけれども。恋人とか婚約者というのから極端に遠い関係性なんです。ありえない対面になっている。ガーニャの性格はこうです。

ガーニャは猜疑心さいぎしんが強くなって憂鬱症に陥るほど自尊心と虚栄心が強かった
 
ガーニャはナスターシャとあわよくば結婚したいという思いもあって彼女と親密になりたい……はずなんです。本文こうです。
 
…………しかし今度もナスターシャはもう聞いてはいないのであった。彼女はじっとガーニャを見ていたが、やがて笑いながら大きな声で言いだした。
「あなたの顔はどうしたんです? ああ、私が来たっていうのになんて顔をなさるんです!」
 しばらくこの笑いが続いた。すると実際ガーニャの顔が非常に醜くなってきた。棒のように、固くなった態度や、おずおずしてうろたえた滑稽な表情が急に消えて、顔はものすごいまでに青ざめてきた。
 
ナスターシャとガーニャは結婚する可能性が、まあまああった。あったにもかかわらず、お互いがお互いを信用していない。本文こうです。
 
ナスターシャ・フィリッポヴナが『ガーニャや彼の家族のものを嘲弄ちょうろうしてやろうと機会をねらっている』

と、しかもガーニャはそのように「確信していた」というんです。仕事でだったら、まあお互いに疑いながら業務が成立することだってあると思うんですけど、結婚でこんなことは……無いと思うんです。けれども結婚する可能性を捨てきれないというガーニャの性格が恐ろしい。こういうひどい人間関係の真ん中に、主人公のムイシュキン公爵が割り込んで、入って行ってしまう。とうぜん逆恨みされる。
 
彼は公爵の肩を引っつかんで、無言のまま、さも憎々しげに恨めしそうな眼つきで、口をきくことができないかのように、じっとにらみつけていた。
 
このあと、客人を目の前にして醜態を演じてしまった二人の男女は、急に笑い始めてしまう。この緊張と緩和、恐怖と笑いのリズムが今回の物語の魅力のひとつになっているんです。
 
 
エパンチン将軍というのがまったく意味不明で、とにかく虚言を言う。じつの息子からも、これはフィアンセに逢わせてはならないと警戒されるくらい、虚言につつまれているんです。
 
 
ぼくはムイシュキン公爵が好きで、というか多くの登場人物がムイシュキンの無垢で素直でトンチンカンな性格に惹かれているわけなんですけど、その公爵の愚と、エパンチン将軍の意味不明さはだいぶちがうんです。どう違うのか、ちょっとわかりにくい。考えてみたんですけど、将軍のおかしさは、エラーとかバグに近いものがある。いっぽうでムイシュキン公爵のおかしさは、エラーやバグというものと、まるで違うんですよ。それがどのように人々を惹きつけるのかが、謎なんです。とにかく公爵の行動と発言がおもしろい。将軍は、暴力的な笑いをもたらすんです。将軍が恐怖と笑いをつかさどっているのに対して、公爵は緊張と笑いのリズムがあるように思いました。
 
 
初対面で公爵にとんでもない対応をしてしまったヒロインナスターシャとムイシュキンは、いくつか話しをしているうちに勘違いが解消されて、打ち解けてくる。

 

 
 
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【書籍購入】白バラ

今日もネットで買える本をちょっと紹介します。
 
 
『白バラ Century Books 人と思想』という本で、これが戦時中にもっとも危険な反ナチ運動をした若者たちの記録を詳細に追った評論で、読んでいてヒリヒリする内容なんです。ゲーテやハイネを愛読していた青年たちで、当時ハイネはユダヤ人出身だという理由で禁書に指定されていた。
 

 
白バラは、当時ぜったいにやってはいけないナチス批判の活動を匿名で行っていったんですけど……。その活動はおもに、学生たちがビラを撒くという方法で行われていた。その白バラの中心人物たちの愛読書というのがなんだか衝撃で、老子とかハイネとかゲーテとか、自分がいま愛読しているものばかりで、けして反戦主義的傾向があるわけではない。
 
 
とくにゲーテは政治家でもあって戦争の勇ましさを描く著書も多い。ナチスは主戦か反戦かという概念を越えた人類史上最大に危険な、人種の絶滅を公言した組織なので、とうぜん反対をしなければならない。けれども、もうナチスが全権を掌握したのちの時代の話しなので、ナチスへの反対意見は即死刑に結びついた時代なんです。それを判った上で白バラは、匿名でナチス批判のビラを撒いていった。
 
 
ハンス・ショルはもともとはナチスの一員であって、反ナチ活動さえしなければナチスに殺されることはなかったんです。
 
 
Century Booksは思想書であり伝記であって、映画や劇のようにダイナミックな物語を書こうとはしないわけなんです。ところが実話自体が驚くべき事態の連続だったわけで、学術的で詳細な纏め方がかえってこの現代史をリアルで臨場感のある物語にしている。いっきに全文を読んでしまいました。史実を書いているから、結末がどうにも言えずもの悲しい。学者が書いた本なので、派手な演出が無いんです。それがかえって、そこに生身の人間が居るように感じられて、すごい本だと思いました。
 
 
この時代に、反ナチスの政治活動に挫折した人々があまたにいます。サルトルは、戦時中にナチスに抵抗しレジスタンス活動を行い、戦後にそのことを振り返って、「たった一言」なにかナチスについて批判しても「十人や百人の逮捕を引き起こすには十分だった」(立命館法学/2000年6号より)と当時の危機的状況を記しています。
 
 
哲学者ウィトゲンシュタインはヒトラーと同じ学校に通っていたことがあって、家族もユダヤ人だと言われてナチスにさんざん苦しめられてきたのに、日記にさえもほとんどまったくナチスについて書くことが出来なかった。唯一ナチス関連で残っているウィトゲンシュタインの記録には、虐殺が激しかった時代に、イギリスの大学の同僚に青い顔をして「ぼくはユダヤ人だったんだ」と告白した、という事実くらいしか見えてこない。哲学者も沈黙するしか無かった。そういう時代に、盛んに反ナチを訴えた白バラのリーダーは、いったいどういう青年だったんだろうかと思って読みました。
 
 
白バラについては、wikipediaにも記事が記されているので、興味のある方は読んでみてください。それで……こういう危険極まりない時代に、表現者ってどうやって生き残ったのだろうと思ったんですけど、なんとあのムーミンを描いた作者がですね、反ナチ運動をすると仲間も自分もことごとく死刑にされた時代に、ほとんど同じような反ナチのビラを作って飄飄とこの時代を生きていた。
 
 
ムーミンの作者もじつは、白バラみたいに、反ナチのポスターを作ってたんです。比べてみると白バラよりももっとナチスを具体的に根本的に批判している。ユーモラスな気配さえ漂っているポスターを見て「これって当時はとてつもなく危険な表現だったのでは」と思いました。すごいユーモアに溢れた、風刺絵なんです。じつはムーミンはナチスが猛威をふるっていた時代に処女作が記されている。見てみたい、という方は『ムーミンを生んだ芸術家トーヴェ・ヤンソン』という本をご覧ください。1ページだけ戦時中のナチス批判について書いていました。まじかーっ、と思いました。
 
 
どうもトーヴェ・ヤンソンの父は、ナチスが台頭する時代にこれを肯定的に捉えていた。それに対する反発として、父親への反発も含めて、反ナチ思想を自ら育んでいったようなんです。
 
  
白バラが危険だったのは、なんといっても、ナチスの拠点の中心に居ながらナチス批判を繰り広げたというのがあったと思うんです。ヤンソンはフィンランドに住んでいたし、チャップリンはアメリカに行ってからナチス批判をしたわけで、やはりナチスの中心でナチス批判を繰り広げた、というのが白バラの危機そのものだったんだと思います。
 
 
本文とまったく関係ないんですけど、amazonでは、月額千円以下で100万冊の本が読み放題で、お試しで30日間0円でいろんな本を読めるんです。
 
 

 
 
Kindle洋書ストアには、あのMoebiusの画集というかコミックまで売っていました。すごい欲しい。それからつい最近気がついたんですが、Kindleアンリミテッドに、シェイクスピアの現代語訳がいっぱい並んでいてアンリミテッドの会員なら0円で読み放題なんです。冬休みにいっぱい本を読んでみたい方にはアンリミテッドの会員登録がオススメです。こちらから登録できます。今なら30日間0円です。
 
 






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ハイネ詩集(86)

今日は「ハインリヒ・ハイネ詩集」その86を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ハイネ詩集は今回で完結です。最後の詩はユーモアに溢れるもので、ハイネは100年ののちに、この詩集を読む人たちが居ることを判っていたんだなと思いました。ハイネはもともとはユダヤ教徒で、のちにキリスト教に改宗した詩人なんですが、第二次大戦の時代にはナチスに禁書の指定を受け、ドイツから一時的にハイネの詩集が消え去りました。けれども世界中で翻訳され、再び多くの人々に読まれる時代になったのでした。
 
 
ハイネのラストライティングを読んでいって、なんだか詩人ハイネの最後の講義を覗いてみたような気分になりました。ハイネは詩人として、幸福な晩期を過ごしたのではなかろうかと思いました。
 
 
次回から、与謝野晶子の詩歌を読んでゆこうと思っていて、今ファイルを準備しています。
 
 


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