白痴(43) ドストエフスキー

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今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その43を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
公爵は、自分は結婚出来ない男だと宣言してきたんですよ。ところがプロポーズは作中で2回もしている。1回は、かわいそうだったから。もう1回は、急に愛してしまったからです。
 
 
公爵は病持ちだし、学力も体力も乏しいので働けない男だし生きていくだけの金だけはあっても、出来ることはほとんど無い。ムイシュキン公爵はこの先どうなるのか、どうもよくわからない。ただ心の内面の描写で時折見受けられるのですが、彼はなんと言うんでしょうか、根本的には幸福な人間なんだと思います。作者のドストエフスキーは波乱の人生を歩んだわけですけれども、近代の評論家片上伸によれば……「ドストエフスキー」は「猫のようなエナジー」を持った「珍しく幸福な人だと言わねばならぬ。彼の性格の複雑深刻を一貫するシムプリシテイーの力を解する人ならば、必ず彼を幸福だということに同意するであろう」というように評されていて、ぼくもこの考察に同意するんですけど、今回の主人公にも、このドストエフスキーの人格に通底している、社会のありさまについての悩みを超克した……猫のような幸福さ、というのを持っていると思います。
 
 
物語の序盤から、ムイシュキン公爵は白痴であって、結婚なんて考えられないと周囲からは判断されていた。ところがその当人と付きあってみると、意外とありえる「これは不思議千万な話」ではあるが「公爵は全く、すばらしい青年だ」し遺産も相続している……。けれども、エリザヴェータ夫人から見れば娘が公爵と結婚するのは「お話にもならない夢物語」なんです。
 
 
ぼくはどうも、この夫人の見解が、正しいように思える。じゃあ不思議ですばらしい青年である公爵は、これからどうなるのかというと……やっぱりこう猫のように社会とはまったく無関係にこうなんらかの幸福をつくるのではないのかと思いました。公爵には社会的な人間にはなれない、そういう環境なり要因があるわけです。夫人は彼のことを「社会上の地位も持っていないばか者である」と断じている。けれども彼を憎んでるわけでは無い。夫人の批判は辛らつなんですけれども、どこかこう納得がゆくところがあります。娘の未来のことをものすごく思っている。そこでの隠喩的な文章が、これは……ドストエフスキーにしか書けない、と唸りました。引用することさえ出来ないです。彼が書いた文学の中にしか存在できない。
 
 
こういうように三姉妹の両親を困惑させている主人公なんですけど、いっぽうでわかい娘たちは、単に彼の存在を楽しんでいる。公爵のことが好きなんです。結婚だってありえるように思っている。彼が職業につけるかどうかだって、未来のことは分からない、と娘たちは思っている。
 
 
噂の噂の噂を聞いたおばあさんは、公爵のことで「感心できないのは、明らさまに恋人を囲っておくことだ」と言うんです。又聞きの又聞きの又聞きですから、本人とほとんど関係のないウソのハナシになっちゃうわけですけど、たしかにムイシュキン公爵って、複数の女性に結婚しようと言ったり、愛していると言ったり、しちゃってるんですよね。

針のようなことを棒のようにするのはよしてちょうだい!

という夫人の発言は、じつに的を射た指摘だと思いました。とうのアグラーヤは公爵とゲームをして遊んでいる。

彼女は非常に陽気になって、公爵の無能ぶりをこきおろして、恥ずかしい思いをさせ、ひどくからかったので、公爵は見る影もないぐらいになった

さらに他のカードゲームをしたらこれは公爵のほうが達者で、そうなるとこんどは彼女は負けず嫌いのために激怒してしまった。そのあともいろんなことをする。公爵は引っかき回されて混乱するんですけれども、どれもこれも、彼女にとっては、とにかくいたずらがしたい、ということのようです。
 
 
それでみんなが集まっているところで、アグラーヤは、私と結婚したいのか? と問いつめた。公爵は、結婚の正式な申込みこそ出来ていないが「結婚したいです」としどろもどろになって答えた。
 
 
アグラーヤの追及は終わらない。結婚したあとに、いったいどうやって幸福にしてくれるのか、聞かせてくれと言うんですよ。それにたいする主人公の答えがこうですよ。

「僕はあなたが好きなんです、アグラーヤさん、とても好きなんです、あなた一人が好きなんです、そして……からかわないでください。僕はとてもあなたが好きなんです」

好きなだけで、実際にどうやって幸福な家を維持するのか、そのことはちっとも考えていない。経済はどうなっているのか、あらいざらい告白させて、どういう仕事をするつもりかまで問いつめた。妹たちはそれを聞いて楽しくって笑ってしまっている。エパンチン将軍もさすがにこれはまずいということで、娘を黙らせようとするが、そうはゆかない。三姉妹は、これらの騒動は、女たちの冗談なんだと大きな声で言うのでした。そうして去っていった。
  
「アグラーヤ・イワーノヴナさんが僕をからかったんです。それは自分にもわかります」と公爵は物悲しげに答えた。

父親としては、どうもぜんぶ聞いてみても、娘の気持ちが、冗談なのか本気なのかさっぱりわからない。重大なのは、話しぶりはどうも冗談であっても、ほんとうにアグラーヤは公爵に対して、愛を見出しているようなんですよ。アグラーヤはついに、公爵に対して、こう告白します。
 
わたしたちがみんな限りなく、あなたを尊敬しておりますことを信じてくださいまし。わたしがあなたの美しい、……善良な純情をひやかしたりしておりましたら、ほんの子供のいたずらだとお思いになって許してやってくださいまし。もちろん、何の足しにもならないばかげたことを主張しまして、本当に申しわけがありません。

どうも、愛しているのだけれど、結婚とかそういうのとはまったく別の問題なのかもしれないですよ。とにかく、公爵に夢中なんです。もうそれだけは完全に明らかなんです。けれども、結婚だとか恋愛だとかとはだいぶどうも違うんです。2人の喧嘩もひどいですし。家庭教師の仕事をするつもりだと言っていたはずの公爵に、どうにも学力が無くて基本的な歴史をちっともおぼえていないことも明らかになる。公爵は学校や教育機関から見れば、やっぱりバカなんです。でも、ものを考えてゆく力がある。公爵は病身のイッポリットと会って、このまえの彼の告白文の朗読や失態のことについて、こう述べますよ。
  
見かけはどうあろうとも、君にあれを書かせた思想そのものには、必ず気高い根拠があったはずです。時がたてばたつほど、それが僕にはますますはっきりとわかってくるのです、本当に。

イッポリットの言う「さよなら、さよなら!」という言葉が響きました。ドストエフスキーの登場人物は消えてゆかない感じがするんです。100年後にも読まれるだろうし、作中のそれぞれの脇役の存在感があって、読者の心に刻まれ、物語内部で営まれるその暮らしは消えそうに思えないです。白痴は第50回で完結します。
 
 

 
 
こちらのリンクから全文読めます。白痴は第50回で完結します。縦書きブラウザの使い方はこちら
https://akarinohon.com/letters/dostoevskii_hakuchi43.html
(約30頁 / ロード時間約30秒)
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