白痴(21) ドストエフスキー

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今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その21を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
文学の展開には「待ち時間」や「移動時間」というのが重要であって、すぐに問題が解決する環境では文学的な物語が生じにくい、ってはなしを聞いたことがあるんです。この物語では、人が人を追いかけていって、しかし目的地に相手が居なくって会えない、ってことが繰り返し積み重ねられるんです。移動時間と待ち時間だらけです。「公爵が行ってみるとエパンチンは留守であった」とか「コォリャはやって来ない。公爵は表へ出て」とかそういうのばっかりです。そこで公爵は、さまざまな葛藤と逡巡をくり返すんです。
 
 
ドストエフスキーは、たった1日を圧倒的な濃度で何百頁と書きつくすことで有名なんですが、今回は、たった1秒ということを掘り下げて描きだしていました。その伏線の忍ばせ方と、事態の連鎖がほんとにみごとなんです。主人公ムイシュキンには持病がある。それでほんの1秒間の間に起きる、生命の危機と回復と、意識的な覚醒のことを『至高の刹那』と名づけて、黙考を繰り広げています。

『この瞬間には、光陰再び至らずという格言が、なんとはなしにわかってくるものだよ。きっと』

この「光陰」の格言は、僕が調べてみたかぎりでは、もしかするとヴィヨンという15世紀フランスの詩人の言葉なのかもしれません……確証は無いですけど。ヴィヨンは「光陰は矢のごとく、とりかえすすべもなく、風にさらわれるように去ってしまう。」と言っているそうです。
 
 
それで……未知の未来について、直感してしまうような、不思議な知性を持ったムイシュキン公爵なんですけど、彼は殺人事件について人並み以上に、興味を持ってきた。その描写が妙なんです。

噂に噂を生んだ奇々怪々たる殺人事件のことが思い返された。ところがそれを思い出すと同時に、彼の身の上にはまたもや何かしら特別なことが起こってきた。なみなみならぬ押さえきれない、ほとんど誘惑ともいうべきほどの欲望がにわかに彼の意志を麻痺させてしまったのである。

公爵はロゴージンがなにか事件を起こしてしまいそうだと予感している。この一文がこの物語で重要かと思いました。「ロゴージンは今もなおあの女の発狂に気がつかないでいるのかしら?」ということを、ムイシュキン公爵は考えるんです。

ロゴージンは決して単なる情欲の走狗そうくではない。やはり、なんといっても闘士なのだ。あの男はしゃにむに、失われた自分の信仰を取り戻そうとしているのだ……いま彼には苦しいほど信仰が必要なのだ……そうだ! なんでもいいから信仰するものが欲しいのだ!それにしても、あのホルバインの絵はなんていう奇妙なものか、…………
 
 

キリスト教では偶像を禁じている、って話しを聞いたことがあります。けれどもキリスト教の聖画やイコンは尊ばれているし、教会には像さえ存在している。仏教は仏像を大事に保護していますけど、キリスト教も少しだけ像というのがある。でも基本的には偶像を否定する宗派が多い。どういう状況でどんな心情かなあと思っていたんですが。前回の「白痴」第二編四では、銀時計を盗む男が1ページだけ登場します。ここで、形だけキリストに縋っていてキリストの生き方を重んじない、という宗教上の悪が立ち現れるんです。
 
 
ムイシュキン公爵はナスターシャの心境を慮って哀れんでいる。ところがロゴージンが女性に対して抱く思いは、この「形だけ縋っているのか、人間的か」という問題を抱えているように思うんです。ロゴージンはナスターシャに異様な執着心を持っていますが、彼女の内面については一つも考えていない。憐れみの情は無いんだと言うんです。今回の物語を読んでいて、聖画が尊ばれているのに偶像崇拝禁止というこの謎は「偶像崇拝的なのか人間的なのか」というように考えてみれば良いのではないかと、ちょっと謎が解けたような気がしました。
 

公爵はナスターシャの家に辿りついたのでした。ところが彼女は出かけていた。
 
 
ここからは……あまりにもネタバレすぎるので未読の方はぜひ、読まずにいてもらいたいんですが。ついに悪漢ロゴージンの正体が明らかになります。ロゴージンは、ムイシュキン公爵を傷つけようと画策していて、刃物をムイシュキンに振りあげた。本文はこうです。
 
 
ロゴージンをその場に立ちすくませてしまったればこそ、あわや頭上に下らんとしていた避くべからざる白刃の下から公爵を救ったものと考えるのが至当である。で、ロゴージンはさすが発作ということには思いもよらず、公爵がよろよろと傍を離れ、いきなり仰向けに倒れたかと思うと、頸をひどく石の階段に打ちつけながら、まっさかさまに階段をころがり落ちるのを見て、いちもくさんに下へ駆けおり、倒れている相手を避けるようにして、無我夢中で旅館を飛び出してしまった。
 
 
ムイシュキン公爵は、こんかいこの事件が起きる少し前に、このように黙考しているんです。「同情というものこそ、全人類の生活に対する最も重大な、おそらくは唯一無二の規範であろう。」これが他の文脈とどのように共鳴しているのか、ぼくには解析しがたかったんですけど、読んでいてすごく響いてきました。おそらくロゴージンの無謀さとの対比が鮮やかだったんだと思うんです。
 
 
次回に続きます。

 

 
 
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 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  
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