白痴(30) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その30を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
主人公の公爵は、賢いのか愚かなのかよくわからない。人によっては賢者だと判断するんですが、たいていは愚かな人だと思ってしまうんです。本人はこう言っています。

僕が口に出してはいけないような理想、高遠な理想があることを申し上げたかったのです。なぜ、口に出してはいけないかというと、僕が話をすると必ず、みんなを笑わしてしまうからです。

その公爵に対して、アグラーヤが急に怒りはじめるんです。激怒するんですけど、どうもおかしい。本文こうです。
 
ここにいる人はみんなあなたの小指ほどの値打ちもないんですよ、あなたの知恵、あなたのお心は、こんな人たちにはもったいなさすぎるのですよ!あなたは誰よりも潔白で、誰よりも高尚で、誰よりもおきれいで、誰よりも善良で、聰明なおかたなんです!

ドストエフスキーの登場人物は、好意がありあまってしまって、ひどい暴言の応報になることがよくあるんですけど、今回のも奇妙でした。ムイシュキンの独特な愚かさが、他の登場人物に伝播してゆくんですよ。
 
 
アグラーヤと、序盤に登場したヒロインナスターシャは、公爵を目の前にして、かなり共通したことを言うんですよ。重要なことは幾度か繰り返す、というのが文学の技法だと思うんですけど、ドストエフスキーの小説のこの重ね合わせ、重奏というのは、みごとで毎回うなるんです。
 
 
主人公はどうも、自身の抱える空白によって、他人にも真っ白な意識が伝播してゆくようなんです。日本語訳で白痴のこの白、というのがどうもムイシュキンを如実に言い表しているように思えました。潔白で、頭の中が真っ白になる、そういう公爵なんです。急に考えごとにふけって、問いかけにもまったく反応しなかったりする。美人のアグラーヤとその母から、必然的にいじめられるんです。けれども、どうもみんな公爵が好きでしょうがないようなんです。アグラーヤが怒ったり泣いたりしてから、急にみんな笑い始める、という描写に迫力がありました。アグラーヤは主人公に、公園に秘密のベンチがあることを教える。これがちょっと謎めいていました。
 
 
それからついに、もっとも重大な女性が登場するのですが、そこで作者も主人公も、いったん名前が出てこないんですよ。その文体にしびれました。そういえば源氏物語でも重要な時ほど、主人公の名前が明記されないんです。
 
今にしてようやく、あの女が忽然こつぜんとして姿を現わした刹那せつなに、彼は、おそらく第六感によってであろう、ロゴージンに語った自分のことばに何が不足していたかを、はっきりと理解したのである。恐怖、まぎれもない恐怖を言い表わすのには、ことばが足りなかったのだ!彼は今、この瞬間に、それを完全に直覚した。

ここから先の記述が凄かったです。「ナスターシャ・フィリッポヴナのことばは雷のように彼をたたきのめしたのである」という記述通り、ヒロインが開口した途端の言葉がショックで、恐ろしい小説だと思いました。
 
 
ナスターシャと見知らぬ青年士官との血塗れの諍い。これに思わず割って入ったムイシュキン公爵は、全身を震わせながらナスターシャの危険性を訴えていたのでした。次回に続きます。
 
 

 
 
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 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  
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白痴(29) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その29を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
この物語はおおよそ200年くらい前のことが描かれているんですけど、本文にこう記されています。
 

この国には実際的な人がいない。たとえば政治的な人は多く、将軍などといったような人もかなりに多い。また、支配的な位置に立つ人も、どんなに必要が起ころうとも、すぐにあつらえむきの人がいくらでも見つかるのである。しかし実際的な人となるといっこういないのである。
 
 
今回の章を読んでいると、ほとんどのロシア人が個性を持たないのに、権力欲がある、みたいなことが描かれています。ロシアならではの権力欲があった、ように思えてきます。すくなくとも果実の豊かな南国には権力欲という概念が生じにくい。鴻大で寒冷な大地に生きるロシア人には権力への意思があって、それが20世紀ソ連という世界最大の共産主義を支えたのかもなあーとか、デタラメな感想を抱きました。

わが国の乳母たちにさえも将軍の位がロシア人の幸福の絶頂と思われているのであり、したがって、これは静かな美しい幸福というものの最も普遍的な国民的な理想であったのだ。
 
エパンチン一家は、物語の序盤から出てきていたんですけど、この一家の雰囲気を端的に言い表している一文はこういうのです。
 
 
……(略)……毎日毎日、寝ても覚めても口論していたのである。しかも同時に夫や娘たちを、身をも忘れて、ほとんど煩悩ぼんのうといってもいいくらいに愛していた。(略)リザヴェータ・プロコフィエヴナがあらゆる不安をのがれて、本当に心を安めることができたのは、生まれてこのかたわずかにこの一か月ばかりの間であった。いよいよ差し迫ったアデライーダの婚礼を機縁として、アグラーヤの噂も上流社会に立つようになってきた。
 
 
エパンチン一家はムイシュキン公爵と遠い親戚関係なんですけど、どうもこの「白痴」と呼ばれる公爵と、どう付きあえば良いのか判らない。本文はこうなっています。リザヴェータの抱く、娘アデライーダと公爵への思惑です。


あの子は急にすばらしい娘になった——なんていうきれいな子だろう、ああ、なんてきれいなんだろう、日ましにきれいになってゆく!ところがどうだろう!ところが、ここにけがらわしい公爵めが、よくよくの白痴ばかものが現われるやいなや、何もかもがまたもやごちゃごちゃになってしまって、家のなかが、がらりとひっくり返ってしまったのだ!
 
 
ドストエフスキーは自分の人格をみごとに腑分けして、さまざまな人間性を描きだしているんですけど、今回は主人公のムイシュキン公爵というのが結婚できない男になっている。ドストエフスキーにもそういう、結婚の出来ない時期はあったようなんです。そういう感性を描きだしている。けれどもドストエフスキーは、ムイシュキン公爵のように完全に孤高というか単身者というような男では無い。家族との密な関係性を、第一編と第三編の初めに、エパンチン一家として描きだしている。そうすることによって、ただ一人の人間として生きるムイシュキン公爵の人格が浮き彫りになってゆくように思われました。
 
 
今回の終盤の文学論がみごとなんです。ロシアの文学では「ロモノーソフプゥシキン、それとゴォゴリ」だけが「ただこの三人だけが、それぞれ、何かしら本当に自分のもの自分独得ヽヽヽヽのものを語ることができた」と言うんです。「何か自分のもの」という表現が迫力ありました。借りものばっかりでいつも済ませてしまおうとするだけの自分としては、この批評的表現が響きました。
 
 
ぼくは世界史に疎いんですけど、以下のドストエフスキーの考察が、百数十年後のソ連共産主義国家誕生の歴史に繋がっているというのは、なんとなく理解できました。
 
 
ロシアリベラリズムなるものは現存せる社会の秩序に対する攻撃ではなくて、わが国の社会の本質に対する攻撃であり、ただ単に秩序、ロシアの秩序に対する攻撃であるばかりでなく、ロシアそのものに対する攻撃でもある。

主人公はこの問いかけに対してこう返答している。

あなたのおっしゃられたロシアリベラリズムは、実際のところ、単にわが国の社会の秩序ばかりではなしに、ロシアそのものをも憎んでいるような傾向があるようですね、いくぶん。
 
 
主人公へのこの問いかけが印象に残りました。

地上の楽園というものはむずかしいものです。ねえ、公爵、あなたの美しいお心で考えていらっしゃるものよりは、ずっとずっとむずかしいものです。
 
 
いま第30回あたりに差しかかっていますけど、第50回で「白痴」は完結します。
 
 

 
 
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白痴(28) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その28を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
主人公ムイシュキン公爵が、美人のアグラーヤに送った手紙のことで、親戚のお母さんであるリザヴェータは、たいそう憤慨している。恋文を送ったんじゃないかと危ぶんで、これを検分する事態にまで発展した。じっさいの手紙の文面が検証されてしまったりする。
 
 
「あの子は甘やかされてきたもんだから」わがままだと母のリザヴェータは言うんです。娘のアグラーヤはどうもほんとに主人公を気に入ってしまったらしい。「気に入ったとなると、きっと大きな声で悪口を言ったり、面と向かい合っていやみを言ったりするんですよ。私も娘のころはちょうどあれと同じでした」と述べて、絶対にアグラーヤと結婚しないように説教するんです。公爵は真っ赤になってうなずいた。本文こうです。
 

わたしはあんたをまるで神様のように待っていました(ところが、あんたはね、それだけの価値のない人でした!)。わたしは毎晩、涙で枕を濡らしましたよ。
 
ドストエフスキーは重大な会話文のところで(かっこ)をつけることがたまにあるんですけど、これ、どういう音声なんでしょうか。ひそひそ話の部分と言うよりも、つけ足して言う感じなんでしょうか。それとも黙考している部分なんでしょうか。
 
 
近代の日本文学で、血の通った女を描ける人がすごく少ないと思うんですけど……、ドストエフスキーは女の描写も迫力があるなあと、改めて思いました。今回の終盤おもしろいんですよ。白痴を全文読まないけど、どういう小説なのか知ってみたい方は、今回の白痴28(第二編 十二)を読んでみてください。10分くらいで読めますよ。
 
 

 
 
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白痴(27) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その27を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ドストエフスキーの作品には、誤解が原因でひどい暴言にさらされる人がしょっちゅう現れるんですけど、誤解が解けると、恨みがさっぱり消え去ってしまう、というのが良くあるんです。じっさいこれまでのはなしでは、主人公ムイシュキンが悪漢ロゴージンからあらゆる難儀を受けているんですけど、それについてなにか恨みを抱いたりするところがないです。
 
 
えーと、近代の西欧とロシアの小説を読んでいると、馬車というのが象徴的に出てきます。これは現代で言う高級車よりもさらに迫力のあったもんなのかもしれないなと思いました。ナスターシャはガーニャの家族と対立しているんですけど、世間とは意外と上手く関わっているようで、こういう描写がありました。
  

ナスターシャ・フィリッポヴナはきわめてつつましやかに身を持して、衣裳も派手ごのみではなく、というよりはきわめて優れた趣味が現われているので、貴婦人たちは彼女の『趣味、美貌、幌馬車』を羨望せんぼうしてやまない……

ナスターシャはこの物語の中でもっとも重大な人物なんですけれども、登場回数は意外と少ない。たいていはナスターシャ不在で物語が進展します。ナスターシャはまず、ガーニャと結婚するはずだったけど、彼とものすごく仲が悪く、どうも他の人と結婚しそうである、というところから物語が始まっています。初めはガーニャの人格に問題があるのかと思われたんですが、どうもそれだけではない。
 
 
ナスターシャの不在、ということがそもそもこの物語に於いて重要なモチーフになっているようです。あの温和なはずの主人公が、こういうことを考えるんです。
 
 
……あの女ヽヽヽには恐れるべき目的があるに違いない。とすれば、どんな目的であろうか? 戦慄せんりつすべきことだ!『それなら、どうしてあの女ヽヽヽを思いとどまらせたらいいのであろう? あの女ヽヽヽが自分の狙いを定めたとなると、どうしても思いとどまらせることは不可能だ!』それはもう公爵が今までの経験でよく知っていることである。
 
 
ケルレルはムイシュキン公爵から金を借りたくってこんなことを言います。「あなたの淳朴な気持に接するだけでも楽しいのです。あなたと膝を交えて語るのは愉快です。少なくとも、今、僕の前にいるのは最も善良な人だってことがよくわかりますからね」公爵はこういうのはただのお世辞だと分かっている。不思議なことに、作者はお世辞じゃ無くって主人公を淳朴で善良に描こうとしたわけで……お世辞なのにほんとのことを書いたりしている。
 
 
公爵はケルレルの考えてしまった「悪魔のような考え」のことを理解している「この二重ヽヽな考えと闘うのは恐ろしく困難なのですから」と助言さえするんです。
 

それからコーリャがこういうことを言うんですけど……
 
ワーリヤがとても可哀そうなんです、ガーニャも可哀そうです……二人は、いつもきっと、何か悪企みをしているに違いないんです。

この文章の後の記述が印象に残りました。ふつう憐れみの対象は、無辜の者として美化してしまいますよね。ドストエフスキーはそういうことをしないで、可哀想な奴は悪いことをする側面がある、と考えているようなんですよ。一人の人間について、善悪の両面を見ているところが氏の特徴なんだと思いました。
 
 

 
 
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白痴(26) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その26を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
主人公のムイシュキン公爵は……「ブルドフスキイに優しい友情と、莫大な金を提供」しようと考えた。そのため「誰一人として、公爵に嫌悪の念をいだいているものはありません」……と、周囲からはこのように思われたんです。ところが今回、これと正反対のことを言う男が、あらゆることを語り尽くします。大病を患っているイッポリットはこんなことを述べるのです。

公爵、僕は知ってますよ。あなたは、こっそりガーネチカの手からブルドフスキイのお母さんにお金を贈られたでしょう。ところで、僕は誓って言いますが、今度はブルドフスキイが、形式の繊細さがないとか、母親に対する尊敬がないとか言って、あなたにきっと食ってかかりますよ

ドストエフスキーは、政府と完全に対立した経験があるわけで、思想犯として死刑にされそうになった。社会主義サークルに入っていただけなんですけど、そのために死刑にされそうになった。それで作中にはこういうことを書いていますよ。

リベラリストというやからは誰かが何か独自の信念を持っていると、それを大目に見ることができず、さっそく、自分の論敵に悪罵あくばをもって応酬し、あるいは何かもっと卑劣な手段で報いないでは済まさない
 
 
最近、日本の大逆事件を描いた物語を読んだんですけど、そこではロシアの革命のことがちょっと論じられている。
 
 
ドストエフスキーの死後20数年たったころに起きた1905年「血の日曜日事件」というのがあるんですけど、大逆事件当時の無政府主義者(日本人)はこの「皇帝崇拝幻想の打倒」を目指した運動に倣って、天皇制の廃止を目指していた。
 
 
どのような組織にも、危険な人が居るはずなんですけど、幸徳秋水のかつての仲間であった宮下太吉たちが暴走した、その責任を取らされたのが、幸徳秋水だったのかなあー、こういう時代にドストエフスキーの本は生々しくも強烈な迫力があったんだろう、と思いました。
 
 
ドストエフスキーはほんとうに死刑にされる寸前だった、ということを踏まえてイッポリットの発言を読むと衝撃的な描写だと思いました。

「あ、そうだ、さっき、あなたが、さようならっておっしゃったとき、ああ、ここにこんな人たちがいるが、みんなやがては亡くなってしまう、永久に亡くなってしまう! こんなことを僕は不意に考えたのです。それからこの木立ちもやはり同じことだ、——あとには煉瓦れんがの壁が……僕の窓のま向かいにある……マイエルの家の赤い壁ばかり、……さあ、あの連中にこんなことをすっかり言ってみろ……試しに言ってみろ。ほら、美人がいる……それなのに、おまえは死人じゃないか、死人だと言って自己紹介をしろ、『死人はなんでも言えるんだ』ってそう言ってみろ……

イッポリットは主人公を「世界じゅうの誰よりも最も憎んでる」のですけれども、ドストエフスキーはこの主人公を愛している。イッポリットの意見は、ドストエフスキーの暗い人格に結びついているところもある。作者と登場人物イッポリットは、そっくりなところもあれば、正反対な意識も持っている。その小説の独特な構造に惹かれました。
 
 

 
 
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白痴(25) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その25を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
悪いことばっかり考えていたはずのガーニャが今回、まともなんです。ガヴリーラ・アルダリオノヴィチ・イヴォルギン (ガーニャ)は、新たな遺産相続者らしき人物が登場した事件にかんして、その謎を解いていた。
 
 
やっぱり主人公ムイシュキン公爵が一目見て予想したとおり、遺産を相続できるはずだと思い込んだブルドフスキイは、状況を誤認させられていた。ブルドフスキイの発言はこうです。

僕はあなたを信じますから、これであきらめることにします……一万ルーブルもお断わりします……さようなら……
 
それで、真相はこういうことだった。ガーニャの演説はこうです。
 
ブルドフスキイ君、君のお母さんがパヴリシチェフさんにいろいろめんどうを見ていただいたのは、実はお母さんが、パヴリシチェフさんのかなり若かったころに恋せられた小間使の妹だったからです。(略)君のお母さんはまだ十くらいの子供のころ、親代わりに、パヴリシチェフ氏に引き取られて、養育され、持参金をどっさり分けてもらったりした

遠い昔の出来事なので、P氏の親戚なんだと誤認してしまった。P氏はブルドフスキイの母にずっと援助をしつづけたんです。それで親戚なんだと思い込んでしまった。ガーニャは探偵みたいにそういうことを既に調べ終えていたのでした。
 
 
ガーニャって脇役中の脇役なんですけど、この人の人格がとってもおもしろい。彼は悪漢たちにさえ、図々しく、どうどうと正論を垂れるんですよ。そういう性格のお陰で、収拾のつかないような問題をさらっと解決してしまう。ヘビに対して毒ガエルみたいな、ジョーカーっぽい存在なんです。ガーニャは、相手からこのように叫ばれてしまうんですけど……
 
「なんて、けがらわしいことだ、無礼な話だ!」とイッポリットは激しく身を打ち震わせ…………
 
ガーニャはそういうことに慣れていて、正論を言えてしまう。
 
ブルドフスキイ君はすでに、パヴリシチェフ氏が自分を可愛がってくれたのは博愛のためであって、けっして息として愛したのではないということを、おそらく十二分に納得されたことでしょう。
 
さらにガーニャの推理では、今回の遺産相続事件は、関係者のほとんどが、詐欺をする意識が無かったと指摘している。そのためにかえって、事実とは異なる主張をする人々の論調が激しくなってしまって、ぶつかり合いが生じてしまった。悪行をやろうと思って悪行をするような事件と、かなり種類が違うわけです。両者ともに、自分の考えが事実に近いと思い込んでしまっていた。両方とも正論で、パラドックスが成立したみたいになってしまう。物語にはほとんど影響の無い些末な話しなんですが、ことを難しくしてしまった男はチェバーロフだったそうです。
 
 
このあとの、主人公の発言が、ほんと素晴らしかったです。ドストエフスキーは、もっとも人間的な人間であるムイシュキンを本作に描きだそうとしたと宣言しているわけで、主人公の考えと行動はどうにも破綻しているんですが、読者に強い印象を残すんです。どう書けば良いのかさっぱり判らないんですが、いやー、ほんとに良いんですよ、ムイシュキンの発言が。これぞ文学だと思いながら読んでいました。
 
 

 
 
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白痴(24) ドストエフスキー

今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その24を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ヨブ記でありとあらゆる難儀をこうむるヨブのように、主人公ムイシュキンは、ロゴージンに殺されかけたり、その取り巻き連中から大金を巻きあげられそうになっている。
 
 
今回は、ムイシュキン公爵が相続した遺産を横取りしようと、悪漢たちが画策している。パヴリシチェフの子息だと言いはじめたブルドフスキイというのが登場します。これが妙な男なんです。このブルドフスキイというのに、主人公は同情をしてしまう。ドストエフスキーは実体験を元に物語を編むことが多いわけで、悪の仕組みというのが見えて、ちょっと興味深かったです。悪人って、事態がよく分かってない人に、悪行の実行犯をさせて、自分では手を下さずに陰から命令を下していることが多いと思うんです。
 
 
それで詐欺新聞にデタラメな記事を書かせて、主人公から大金を巻きあげようとしている。虚報の新聞には公爵が100万両の遺産をもらったのだが、それはそもそも書生(パヴリシチェフ氏の親族の子)の金を巻きあげたのと同じだ、ということを喧伝している。
 
 
公爵はバカだと思われているんですけど、これが詐欺だということは分かっている。分かっているんですけど、こう考えます。

チェバーロフは悪党に相違あるまい、ブルドフスキイ君を、まんまとだまして、こんな詐欺をするようにけしかけたんだろう(略)ブルドフスキイ君はきっと正直な、頼るべきところもない、まんまとの手にかかるような優しい人に相違ない、してみれば、なおさらこの人を『パヴリシチェフの令息』として援助する義務がある
 
 
それで大金の1万ルーブルを詐欺師連中に支払ってやろうと思っている。ところが詐欺師たちは、1万ルーブルでは少なすぎると叫びはじめた。次回に続きます。

 

 
 
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 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  
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