白痴(45) ドストエフスキー

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今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その45を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ドストエフスキーがどうしてこの主人公を描こうとしたのか、そこの真相というか、そもそものはじめからの設定がこう記されています。
 

「レフ・ニコラエヴィチ君(※ムイシュキン公爵)は両親をなくして以来、ニコライ・アンドレーヴィッチ・パヴリシチェフさんに育てられた人です」

……わたしがあなたを見たのは、まだあなたが子供で、十か十一ぐらいでしたのに。いや、なんとなくお顔に、昔を思い起こさせるところがありますね……」「あなたは僕が子供のころにお目にかかったんですか?」公爵はなんとなくひとかたならぬ驚きをいだいて尋ねるのであった。「おお、もうかなり昔のことですよ」とイワン・ペトローヴィッチはことばを続けた

「ですから、一度なぞはあなたの教育方針のことで、その従姉と口ぎたなく喧嘩したことさえもありましたよ。なにしろ、病身の子供を仕込むのに、明けても暮れても鞭棒べんぼうという始末で、——いや、そんなことは……御承知でしょうが……」

公爵は歓喜と感激とに眼を輝かせながらこの話を聞いていた。ドストエフスキーは、こういう過去を持つ男を、この時期にもっとも描きたい主人公として書いていったんだなあと思いました。あまり正しい読み方じゃないと思うんですけど、ドストエフスキーは15歳の頃に母が病没し、その2年後に父を事件で亡くしている。その頃のドストエフスキー自身に向けて、書いているようにも思えました。
 
 
むつかしいことばを調べてみました
おうよう
 
 
作中で、ムイシュキン公爵が、奇妙すぎる自説を展開するんです。聞いている人たちのほとんどは、ついにムイシュキン公爵の頭がおかしくなってしまったんだと思った。公爵はこういうことを言うんです。カトリックは「キリストに合わない宗派で」「無神論よりもっと悪いくらいのものです」と意見を述べるんですよ。当時のロシアのカトリック教には、なにかあったのでしょうか? 調べてみたけど、むつかしすぎてよく分かりませんでした。公爵の言い分はこうです。

歪曲わいきょくされたキリストを、彼らみずからが讒誣ざんぷし、中傷したキリストを説いているのです、まるで正反対のキリストです!反キリストを説いているのです

これには、ちょっと理解できるところがあるように思いました。巨大な資産を用いて作られた大聖堂だけを見ていて、貧しく生きたキリストのことはまったく意識していない信者がほんとうに居る、と思ったことはあるんです。

ローマカトリックは信仰でさえもなくて、全く西ローマ帝国の継続です。

ドストエフスキーは恐ろしいことを書くもんだ、と思って興奮して読んでいました。本来なら、こういう大長編の文学は、もっと歴史的教養がある人が読むように作られているはずなので、よく分からない自分が読むと、けっこう危険なのかもしんない、とか思いました。
 
 
アグラーヤは、ムイシュキン公爵をとても尊敬しているんですけれども、公爵がこういう危なっかしいことを言うのを、止めて欲しいとずっと思ってきた。

法王は世界を掌握し、地上の王座を得て、剣を取りました。それからというもの、常に何もかもが、かような道をたどって、ただ剣のほかに付け加わったものは、虚言と詐欺と、偽瞞ぎまんと狂信と、迷信と罪悪だけであった。最も神聖で、誠実で、単純で、熱烈な民衆の感情はもてあそばれ、何もかも、何もかもが、金と変わり、卑しい地上の権力と化したのです。

そういえば、教養を持つ人間が、あれこれの学問を学んだあとに、教養の真逆の行為を行う、しかも偶然や過失や強制では無く確信をもって不当な行為をすることがあるということを、指摘している知識人が居たのを思いだしました……。ドストエフスキーは作中で「根っこをなくした人たち」と書いて批判しているんです。これは他人ごとでは無い話しだなと思いました。
 
 
ドストエフスキーはロシアの暴力的性質を今回語っているんですけど、ちょっと調べてみると100年後のロシアの、第二次大戦中の死者がじつは、どの国よりも多い、という事実があるんですけど、これは地理的に言ったら、もっと死者数を減らすことは出来たはずのように思えるんです。じっさいアメリカ人の死者が少なかったのは、なによりも地理的に戦争の中心から遠かったし、厭戦の傾向が強かったからだと思うんです。ロシアの闘争は、ドストエフスキーが今回描いているように苛烈だったのではないか……と感じました。
 
 
アグラーヤが危惧していたとおり、ムイシュキン公爵は、まさに「白痴」の演説を行って、さらには高価な花瓶を割ってしまった。人々は唖然としたり羞恥を感じたりまでするのですが、さいごにはみんな笑いはじめてしまった。予感された近未来が、事実になって立ち現れてくる、というのがドストエフスキーの独特な物語の展開方法だ、と思うんです。それから、物語の終盤に差しかかって、作者がもういちど、第一章のことを繰り返して描くところも、上手いもんだなあと思いました。序盤の真相というか、そもそもの状況がどうだったのかが、書き記されてゆくんです。本文こうです。
 
 
僕は……僕はあなたがたを恐れました。自分自身をも恐れました。何よりもひどく、自分を恐れました。このペテルブルグへ帰って来るとき、僕は是が非でもわが国の第一流のかたがたにお目にかかろう、家柄の古い、遠い昔から続いている名家の人たちにお目にかかろうと心に誓いました。
 
公爵がペテルブルクにやって来たとき、こういう心情を持ったようです。

……気だてのいい、やさしいロシア人を見たのです。僕がどんなに嬉しい驚きを感じたか、お察しを願います!

彼はおしゃべりの最中で感極まって、人々のことや世界全体のことを考えて、こういうことを述べます。

……すっかり途方に暮れてしまった人でさえもが、美しさを感ずるような美しいものはいたるところに、どんなにたくさんあるでしょう!赤ん坊をごらんなさい、こうごうしい朝の光をごらんなさい、草をごらんなさい、どんなに成長してゆくかごらんなさい、あなたがたを見つめ、あなたがたを愛する眼をごらんなさい……
 
 
こう言って彼は倒れてしまい、アグラーヤがかけつけた。彼女の母は、アグラーヤとムイシュキン公爵が結婚することはありえないと、思ったのでした。そのすぐあとにアグラーヤは彼と夫婦になるつもりはまったく無かった、と明言しました。しかし……ここでの母と娘の心情の描写が、なんとも不思議なんです。次回に続きます。
 
 

 
 
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 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  
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