今日はフョードル・ドストエフスキーの「白痴」その45を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
ドストエフスキーがどうしてこの主人公を描こうとしたのか、そこの真相というか、そもそものはじめからの設定がこう記されています。
公爵は歓喜と感激とに眼を輝かせながらこの話を聞いていた。ドストエフスキーは、こういう過去を持つ男を、この時期にもっとも描きたい主人公として書いていったんだなあと思いました。あまり正しい読み方じゃないと思うんですけど、ドストエフスキーは15歳の頃に母が病没し、その2年後に父を事件で亡くしている。その頃のドストエフスキー自身に向けて、書いているようにも思えました。
むつかしいことばを調べてみました
おうよう
作中で、ムイシュキン公爵が、奇妙すぎる自説を展開するんです。聞いている人たちのほとんどは、ついにムイシュキン公爵の頭がおかしくなってしまったんだと思った。公爵はこういうことを言うんです。カトリックは「キリストに合わない宗派で」「無神論よりもっと悪いくらいのものです」と意見を述べるんですよ。当時のロシアのカトリック教には、なにかあったのでしょうか? 調べてみたけど、むつかしすぎてよく分かりませんでした。公爵の言い分はこうです。
これには、ちょっと理解できるところがあるように思いました。巨大な資産を用いて作られた大聖堂だけを見ていて、貧しく生きたキリストのことはまったく意識していない信者がほんとうに居る、と思ったことはあるんです。
ドストエフスキーは恐ろしいことを書くもんだ、と思って興奮して読んでいました。本来なら、こういう大長編の文学は、もっと歴史的教養がある人が読むように作られているはずなので、よく分からない自分が読むと、けっこう危険なのかもしんない、とか思いました。
アグラーヤは、ムイシュキン公爵をとても尊敬しているんですけれども、公爵がこういう危なっかしいことを言うのを、止めて欲しいとずっと思ってきた。
そういえば、教養を持つ人間が、あれこれの学問を学んだあとに、教養の真逆の行為を行う、しかも偶然や過失や強制では無く確信をもって不当な行為をすることがあるということを、指摘している知識人が居たのを思いだしました……。ドストエフスキーは作中で「根っこをなくした人たち」と書いて批判しているんです。これは他人ごとでは無い話しだなと思いました。
ドストエフスキーはロシアの暴力的性質を今回語っているんですけど、ちょっと調べてみると100年後のロシアの、第二次大戦中の死者がじつは、どの国よりも多い、という事実があるんですけど、これは地理的に言ったら、もっと死者数を減らすことは出来たはずのように思えるんです。じっさいアメリカ人の死者が少なかったのは、なによりも地理的に戦争の中心から遠かったし、厭戦の傾向が強かったからだと思うんです。ロシアの闘争は、ドストエフスキーが今回描いているように苛烈だったのではないか……と感じました。
アグラーヤが危惧していたとおり、ムイシュキン公爵は、まさに「白痴」の演説を行って、さらには高価な花瓶を割ってしまった。人々は唖然としたり羞恥を感じたりまでするのですが、さいごにはみんな笑いはじめてしまった。予感された近未来が、事実になって立ち現れてくる、というのがドストエフスキーの独特な物語の展開方法だ、と思うんです。それから、物語の終盤に差しかかって、作者がもういちど、第一章のことを繰り返して描くところも、上手いもんだなあと思いました。序盤の真相というか、そもそもの状況がどうだったのかが、書き記されてゆくんです。本文こうです。
公爵がペテルブルクにやって来たとき、こういう心情を持ったようです。
彼はおしゃべりの最中で感極まって、人々のことや世界全体のことを考えて、こういうことを述べます。
こう言って彼は倒れてしまい、アグラーヤがかけつけた。彼女の母は、アグラーヤとムイシュキン公爵が結婚することはありえないと、思ったのでした。そのすぐあとにアグラーヤは彼と夫婦になるつもりはまったく無かった、と明言しました。しかし……ここでの母と娘の心情の描写が、なんとも不思議なんです。次回に続きます。

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ここからは新サイトの「ゲーテ詩集」を紹介します。縦書き表示で読めますよ。
ゲーテは詩心についてこう記します。
わたしがどんなに迷ひ、どんなに努めたか
どんなに悩み、どんなに生きたかは
ここなる花輪の花となる
さうして老境もまた青春も
徳も不徳も集めて見れば
また捨てがたい歌となる
装画をクリックするか、ここから全文を読んでください。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約10秒)
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