愉しい夢の中にて 坂口安吾

今日は坂口安吾の「愉しい夢の中にて」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
坂口安吾は、夢の中に現れた親友河田のことを、この随筆に書いています。過去の彼がどういう人であったのかを書いています。この記述が印象に残りました。
 

彼はひどい貧乏であつた。無一物で、ガスも電気もとめられて、食事もできない毎日の中で、恐らく人間としては最も窮乏した生活を暮した男であるが、あそこまで窮乏すると、もう人間は妙にみぢめな暗さからは脱け出してしまふ。尤も河田には人間の底に光があつた。そして逞しい気骨があつた。だからあの男はどん底の中にゐても、決して身辺に湿気といふものを持たなかつた。思ひ出すと懐しい。私の中では永遠に暗くならない。
 私は河田の芸術が好きであつた。あの男は沢山の失敗作を書いた。大部分は…………
 
  
坂口安吾は親友河田との思い出について「今日、私の記憶の中で生きる人間の楽しさとなつて残つてゐる。あんなに貧乏であつたくせに! この豪華を私は愛す。」と書くんです。
 
 
つづきは本文をご覧ください。
 

 
 
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ハイネ詩集(63)

今日は「ハインリヒ・ハイネ詩集」その63を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ハイネの愛は奇妙なもので、なんだか子どもの言っていることみたいなんです。ハイネは言葉を使う第一人者なのに、なぜか言葉への不信が、よく語られるんです。恋人の言うことは信じないけれど、愛しているというような詩があるんです……。

美しい若い女よ、わたしは決して信じない
そのはにかんでゐる唇の言ふことを
こんな大きな黒い眼は
徳といふものをもつちやゐないこの鳶色は筋を引いた嘘を消しちまへ!
わたしはおまへをしんから愛してゐる
 
「わたしは言はない」とか「どうぞ独逸の話はもうやめにしてくれ!」というように、ハイネは繰り返し、言語を用いない、ということを表現するんです。
 
わたしは言はない、なぜさうしたか
なぜだか自分でもわからない——
さうして彼女の眼をふさいでは
そのくちの上に接吻きすをする
 
 


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こども風土記 柳田國男(26)

今日は柳田國男の「こども風土記」その26を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
柳田國男は、こんどは子どもの「おままごと」について論じはじめます。柳田は、この起源について、ちょっと驚くようなことを指摘しています。本文を引用すると、こうなっています。

「食べ物を野天でこしらえる」……「それに携わった者がいつの世からともなくわらわであった。」……「その面白さを忘れることができなくて、折さえあればその形をくりかえして、おいおいと一つの遊びを発達せしめたのである。」(……部分は略)
 
 
そういうのを、美濃みのでは「つじめし」と言ったそうです。
 
 
戦時中の道ばたに七輪を持ち出して、そこで魚を焼いたりした女たちが居た、という物語を、別の本で読んだことがあるんです。柳田によれば、かつての日本では、幼い女の子たちが、野外で料理をやっていた。そういう習俗があった。これが日本の姿だったのか……。とか思いました。映画とか小説でも、めったに見たことの無い、日本の独特な風俗が描写されています。
 
 

 
 
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夢 萩原朔太郎

今日は萩原朔太郎の「夢」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
萩原朔太郎といえば詩集「月に吠える」や、「青猫」が有名で、これがぼくは好きなんですが、今回は数ページの随筆を読んでみました。夢を自由にコントロールできる装置があれば、という話しを萩原朔太郎がするんです。萩原はすごい悪夢を見るんだそうです。
  

現実の世界に於ては、たとへどんなに恐ろしい事件、死に直面するやうな事件に遭遇しても、決して夢のそれのやうには恐ろしくない。
 
ぼくも1度だけすごい悪夢を見たことがあって、大声で叫んで目が覚めて、自分の声が大きすぎて恥ずかしかったことがあります。
 
 
そういえば、哲学者の戦中日記を読んでから眠ったら、戦場に迷い込んだ夢を見てしまって、その時はどんな映画よりも恐ろしかったです。映画だと、ほんとに殺されてこれで終わりになってしまう、とは思わないんですけど、夢の中ではその感覚があるんですよねえ……。
 
 
あと萩原は、動物がどのように夢を見るかを指摘しています。そういえば犬の眠るところは、間が抜けていたり、可愛かったりして、すこぶる情緒的な存在だったというのを、思いだしました。
 
 

 
 
 
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ハイネ詩集(62)

今日は「ハインリヒ・ハイネ詩集」その62を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
ハイネは時の移り変わりを描きだすことが多いのですが、それを200年後に読んでみると、なにか化石になった詩を観察しているようで美しいです。
 
 

わたしも昔はたくさんの美しい子や
たくさんのいゝ友逹を愛してゐた——
今彼等は何処へ行つたらう?風は鳴り
泡は立ち波はさか巻く
 


 
 
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こども風土記 柳田國男(25)

今日は柳田國男の「こども風土記」その25を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
柳田國男の評論を読んでいると、同じ日本と言っても、時代と地域が違うと、ここまで今と違う習俗に、なるんだなあー、とおどろきます。無人島で生じる子どもたちの王国みたいなものは、たんなる空想だと思ってたんですけど、どうも現実にもそういうのに似たことはあるらしい。若き幼き労働者の休日でもあれば、ごくごく幼い子どもの遊びでもあって、見たことの無い習俗が描かれます。柳田のこの一文が印象に残りました。
 
 

正月小屋の中では、おかしいほどまじめな子どもの自治が行なわれていた。
 
 

 
 
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現代美学の危機と映画理論 中井正一

今日は中井正一の「現代美学の危機と映画理論」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
中井正一は、この一文から、評論をはじめるんです。
 

個人主義文化が、封建主義文化を引きはなすために、戦った歴史の跡は決して容易なものではなかった。
 
個人主義、というと、夏目漱石の「私の個人主義」がぼくはすごく好きで、これを思いだすんですけど、今回は中井正一が説く評論を読んでみました。
 
 
現代の自分たちが普通に持っている自由というものが、100年ほど前にどういうように構築されていったのか、というのが見えてくる評論です。
 
 
「封建主義的文化に」おける「美は常に、何か賤しいものが宮殿にまぎれ込む夢のようなもの、シンデレラ姫のようなもの」だ、という表現が秀麗だなあと思いました。ふつう美は賤しいものを否定するんだと、誤認しがちなんですけど、そうじゃないと。さらに「個人主義文化では、実はこれと正に反対となった」と言うんです。その美学をあきらかにしたのが、中井正一によればカントで「カントは」「自然よりも人間の自由がより高いものであり、美とは、自然の中に人間の自由を感得することであると考えたのである。自然の中に理性的なるものを発見し、創造するものと考えたのである。」そこでは「芸術は、個人の主観が創造するもの」となった、そうです。うーむ。
 
 
映画が勃興する頃、これが非芸術とされたその理由を三つ述べてから、中井はそれに反論を試みるんです。面白い評論でした。映画が芸術として存在するようになってから、集団芸術という概念が生じたわけで、その影響もあって、クリストのような膨大な人数で制作にかかる現代美術が誕生したんだなあと思いました。
 
 
…………歴史の「聖なる一回性」に連続している。
 
というような、中井正一の比喩表現がすてきでした。やっぱりなんでも業界の創世記って面白いんだなと思いました。
 
 


 

 
 
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