彼岸過迄(12)松本の話(前編)夏目漱石

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今日は夏目漱石の「彼岸過迄ひがんすぎまで(12)松本の話(前編)」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
須永と千代子はけっきょく、夫婦にならないし恋人同士にならないし敵対するまでいかないし、堂々めぐりの平行線をたどる人生となってしまった。これに対する漱石の文章が秀逸すぎてうなりました。本文こうです。
 
 
  取り澄ました警句を用いると、彼らは離れるために合い、合うために離れると云った風の気の毒な一対いっついを形づくっている。こう云って君に解るかどうか知らないが、彼らが夫婦になると、不幸をかもす目的で夫婦になったと同様の結果におちいるし、また夫婦にならないと不幸を続ける精神で夫婦にならないのとえらぶところのない不満足を感ずるのである。
 
 
それで僕(松本)はどう考えるかというと《たった一つで好いから、自分の心を奪い取るような偉いものか、美くしいものか、やさしいものか、を見出さなければならない。》と記している。浮気でもしない限りは、こういうものは見つからないだろうと考えている。えーと、それから本文にこう記されています。
 
 
  もし田口がやっても好いと云い、千代子が来ても好いと云ったらどうだと念を押したら、市蔵は返事をしずに黙って僕の顔をながめていた。僕は彼のこの顔を見ると、けっして話を先へ進める気になれないのである。畏怖いふというと仰山ぎょうさんすぎるし、同情というとまるであわれっぽく聞こえるし、この顔から受ける僕の心持は、何と云っていいかほとんど分らないが、永久に相手をあきらめてしまわなければならない絶望に、ある凄味すごみやさをつけ加えた特殊の表情であった。
 
 
亡友の子規に対して、お前はなぜ一人だったんだ、お前の恋愛はいったいどこに消えていったんだ、という漱石の声が聞こえるような気がしました。
 
 
須永市蔵はこう言うんですよ。

  「僕は僻んでいるでしょうか。たしかに僻んでいるでしょう。あなたがおっしゃらないでも、よく知っているつもりです。僕は僻んでいます。僕はあなたからそんな注意を受けないでも、よく知っています。僕はただどうしてこうなったかその訳が知りたいのです。
 
 
自分がどうして完全に行き詰まってしまったのか、その理由をいちばん信用できる人に聞いて学びたいんだと、須永は訴えるんです。僕(松本)はそれで……。詳しくは本文をお読みください。日本の文化と西洋の文明がまだらに入り混じりつつ自我が目覚めてゆく社会や、漱石の子ども時代の苦悩が描きだされているように思いました。須永の母は、血が繋がっておらず、ただ育ての母として子に尽くしてきたんです。本文にはこう記されてあります。
 
 
  「僕を生んだ母は今どこにいるんです」
  彼の実の母は、彼を生むと間もなく死んでしまったのである。
 
 
須永市蔵という青年は、養子として血の繋がらない両親に育てられた漱石に、少し似た幼少時代を過ごした。彼はいったいどうなるんだろうかと、いうところで、次回に続きます。いよいよ最終回です。
 
 

 
 
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 幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
 この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。

  

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