今日はゲーテの「ファウスト」その(28)を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
前回、「閣臣帝」と「メフィストフェレス」が政治の場で語らい合うというシーンがありました。ゲーテは地方を愛する詩人である一方、若い頃に長い期間政治家をやっていたんです。そういうゲーテの経歴と通じ合うような話が展開していました。
政治というのが描かれて、そういうなかにすべてを否定する悪魔というのが深く入りこんでいて、帝や大臣たちに怖ろしいことを告げてゆきます。
悪魔はいったい何を言ったのか、というのをちょっとまとめてみます。
帝のすぐ側で、悪魔は「これが足りなくて我慢できない」ということを誇張します。
一体この世では何かしら足りない物のない所はありません。
あそこで何、ここでは何が足りぬ。お国では金が足りぬ。
帝は、悪魔の進言に従ってしまって「金が足りない」と言い出します。悪魔は「土地は殿様のだ。殿様がそれをお取になるが宜しい」と、貧しい者たちからの搾取を勧めます。それから悪魔は天体学者を使って、無関係な占いによって重大な政治を左右させようとします。それから、あり得ない場所に金銀財宝が埋まっているというウソをみなに信じ込ませます。これが政治家だったゲーテの体験から記されたもののように思います。
悪魔メフィストフェレスが去ると、今度は自然界とあまたの人々や神々の描写が展開します。ここからが、詩人としてのゲーテの記述だと思います。ゲーテは記します。
晴やかなる日の昼に、
おのがじし心のまにま、
あるはひとり、あるは打ち群れて、
美しき野をそゞろありきし、
せまほしき事して、疲れて憩ひ、
憂を知らで日をくらし、
よろづ事足り、つねにいそしみ、
いづくへも、まらうどと
迎へられて行かばや。さらば
いづくにてか、最も善きものを
見出ださでやはあるべき。
美しい野で一人、あるいは皆と
それぞれが心のままに
してみたいことをして、憂鬱を忘れて生き、
すべてはこと足りて、いつも暮らしにはげみ、
どこに行っても客人として迎えられたなら。
どうして、もっとも善きものを
見出さないなどということがあるだろう。
これが「望」という存在が語る詩なんです。これに対して「智」という存在がこう告げます。
人の世の大いなる仇二つあり。
そは望と恐となり。われそを繋ぎて、
御身等の群に近づかしめず。
道を開け給へ。御身等は救はれたり。
怖れにも望みにも迷うことなく、人々を歩ませるというのが智であると言うんですよ。
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ここからは新サイトの「ゲーテ詩集」を紹介します。縦書き表示で読めますよ。
ゲーテは詩心についてこう記します。
わたしがどんなに迷ひ、どんなに努めたか
どんなに悩み、どんなに生きたかは
ここなる花輪の花となる
さうして老境もまた青春も
徳も不徳も集めて見れば
また捨てがたい歌となる
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