時間 横光利一

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今日は横光利一の「時間」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
近代文学に欠如しているのは娯楽性で、これはもう現代の小説や映画やマンガを読むしかないと思うんですが、たまにドグラマグラのように今存在しないような爆発物みたいな……楽しんで良いのかどう読んで良いのか判らない近代文学がある。
 
 
今回のは静かな娯楽目的の小説という印象で物語が始まって、モノクロの日本映画でも見ている気分になりました。
 
 
演芸かサーカスの一座が潰れて、どうしても長らく泊まっている宿の金を払えず、もはやみんなで逃げるしか無い。ところが一人、波子だけは身体が弱りきっていて、夜逃げできそうに無い。
 

私は波子の枕もとへいって一度立ってどれほど歩けるものか歩いてみよというと、彼女は立ちは立ったが直ぐ眼が廻るといって蒲団の上へふらふらっとうずくまってしまって……
 
読んでいるとやっぱり、娯楽小説というよりかは、純文学みたいな展開になる。十二人の集団心理がゴロゴロと転がって、誰が裏切るか、どうやって一時的な団結を保持して逃げ切るか、病人を一人抱えながらどうなるのか、という話しなんですが……つづきは本文をご覧ください。
 
 
横光利一は何故だか、団子状に連なった人々を描くのが上手い。仲間割れの闘争の箇所が、ゲーテはファウストのメフィストフェレスが現れる寸前のような様相でした。労働者が監禁されて死ぬ思いをするというのは、どうも実話としてあったようで、現代でも最先端の企業で監禁は無いにしてもそういうことも起きるようで、そういう事実と響きあっている物語でした。
 
 
ところでこの十二人の人びとを羅漢にたとえているんですけれども、五百羅漢の像というのはこういうのです。
 
 

 
 
こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
https://akarinohon.com/letters/jikan.html
(約10頁 / ロード時間約30秒)
iPadやノートPCなどに対応した、シンプル表示の縦書きテキストはこちら
 
 
 
 




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