今日は坂口安吾の「戦争と一人の女」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
これは戦争が終わって1年後に発表された小説です。戦中の作家が描く物語に関心があるんですけど、とくに安吾が戦中であってもどういう自由を発見していたのかを読んでゆくのが興味深いです。「どうせ戦争が負けに終つて全てが滅茶々々になるだらう」から、じゃあ好きなように同棲していようという男女が描かれています。
安吾が読者として想定しているのは、あきらかに戦中を生きた人たちなんです。戦後生まれの人に向けて書いていない。けれども、それがかえって、説明的で無くなるというのか、自分たちが見えていなかったことを判らせてくれるように思います。といっても反戦論なんてもんじゃ無いですし、個人がこの時代にどう生きるのか、男女がどう生きているのかということが物語で描かれています。
当時と今とで、感覚が完璧に違うところがいっぱいある。かんたんな例では、大人が自転車の稽古をする、それがしかも楽しいのだという。現代人がそう書いたら、おまえはいったい何を言っているんだと、疑問しか持たれないと思います。でも漱石もイギリスで自転車に乗る訓練をしていて、なにかを明らかに閃くほどの感化を受けた。安吾が自転車の自由について書くとすごい説得力がある。
交通機関が極度に損はれて、歩行が主要な交通機関なのだから、自転車の速力ですら新鮮であり、死相を呈した焼け野の街で変に生気がこもるのだ。今となつては馬鹿げたことだが、一杯の茶を売る店もなく、商品を売る商店もなく、遊びのないのがすでに自然の状態の中では、自転車に乗るだけで、たのしさが感じられるのであつた。
女は亢奮と疲労とが好きなので、自転車乗りが一きは楽しさうであり、二人は遠い町の貸本屋で本を探して戻るのである。その貸本がすでに数百冊となり、戦争がすんだら私も貸本屋をやらうかなどと女は言ひだすほどになつてゐる。
女は亢奮と疲労とが好きなので、自転車乗りが一きは楽しさうであり、二人は遠い町の貸本屋で本を探して戻るのである。その貸本がすでに数百冊となり、戦争がすんだら私も貸本屋をやらうかなどと女は言ひだすほどになつてゐる。
安吾は随筆的な文学作品の大家で、小説の自然なセリフ回しには興味を持っていないようなんですけど、内容がおもしろいです。中盤で戦争が終わるんですけど、そこから先の描写が印象深かったです。安吾は作中のヒロインにこう語らせます。
あなたは遊びを汚いと思つてゐるのよ。だから私を汚がつたり、憎んでゐるのよ。勿論あなた自身も自分は汚いと思つてゐるわ。けれども、あなたはそこから脱けだしたい、もつと、綺麗に、高くなりたいと思つてゐるのよ(略)あなたは卑怯よ。御自分が汚くてゐて、高くなりたいの、脱けだしたいの、それは卑怯よ。なぜ、汚くないと考へるやうにしないのよ。私は親に女郎に売られて男のオモチャになつてきたわ。私はそんな女ですから、遊びは好きです。汚いなどと思はないのよ。私はよくない女です。けれども、良くなりたいと願つてゐるわ。
安吾の物語はいつも、前半がノロノロと進行して、さいご弓を射るようにみごとな展開をするんです。「戦争は終つた」という一文から先の描写が凄くて唸りました。
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ここからは新サイトの「ゲーテ詩集」を紹介します。縦書き表示で読めますよ。
幼かった頃の夢想のことを、ゲーテは「黄金の空想よ」と記します。ゲーテの詩には、神話的なものと理知的なものが混在していて、これが魅力のように思います。ゲーテはゲルマン神話と、とくにギリシャ神話の影響が色濃いようです。
この詩集は生田春月が翻訳をした作品です。ゲーテは政治家としても活躍し、かのナポレオンからも尊敬されていた作家で、その言葉を詩で楽しめるというのは、なんだか嬉しいように思います。
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