漱石俳句集 夏目漱石

今日は夏目漱石の「漱石俳句集」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
えーと、次回から、漱石三部作の『門』を読んでみようと思います。その前に、ちょっと読んでおきたいものがあったので、紹介します。漱石の俳句です。
 
 
はじめの句は、漱石が子規に宛てて書いた俳句で、
 
帰ろふと泣かずに笑へ時鳥ほととぎす
 
というものです。漱石は、手紙の中に俳句を書いたり、人と一緒に句を書くことが多かったようです。漱石の俳句はものすごくたくさんあるようです。今回は40句だけ読んだんですが、もうちょっと全体的に読んでみたいなと思いました。
 
 

 
 
こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
http://akarinohon.com/center/soseki_haikushu01.html
(約10頁 / ロード時間約30秒)
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桜 岡本かの子

今日は岡本かの子の『桜』を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
春なので岡本かの子の、桜の短歌を読んでみました。桜はそろそろ見納めのようです。この短歌が印象に残りました。
 
 
桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命いのちをかけてわがながめたり
 
淋しげに今年ことしの春も咲くものか一樹ひときれしそのそばの桜
 
しんしんと桜花はなふかき奥にいつぽんの道とほりたりわれひとり
 
山川のどよみの音のすさまじきどよみのそば一本ひともと
 
 
130数句ある短歌を楽しめました。終盤の、迫力のある短歌に圧倒されます。全文は以下からお読みください。
 
 

 
 
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http://akarinohon.com/center/sakura_okamoto.html
(約30頁 / ロード時間約30秒)
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蝉の子守唄 島崎藤村

今日は島崎藤村の『蝉の子守唄』を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
島崎藤村の「若菜集」を読み終えたので、こんどいつか藤村の傑作『夜明け前』を読んでみたいんですけど、今は漱石に夢中なので、またのちのちに読みたいと思います。
 
 
今回のこの『蝉の子守唄』というこれは、ただの子守歌なんですけれども、島崎藤村がいちからつくったのか、島崎藤村が民間の歌にセミを入れてアレンジしただけなのか、よく判りません。誰もが知っているフレーズが入っている歌なんですよ。確実にほとんどの人が知っている、フレーズだと思います。
 
 
いろはにほへと、とか、あいうえおかきくけこ、くらい聞きなれた普通の文章なんですけれども、もし藤村がこれを一からつくったとしたら、空気になるくらい誰もが知っているものを作った人になるなあと思いました。
 
 
世の中でもっとも素晴らしい発明家は、車輪そのものを世界ではじめて作った人だ、と良く言われるそうなんですが、しかしあまりにも素晴らしすぎて、誰が一番はじめだったか、判然としないのでした。
 
 

 
 
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(約3頁 / ロード時間約30秒)
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旅上 萩原朔太郎

今日は萩原朔太郎の「旅上」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
えーと、これは萩原朔太郎の、「拾遺詩篇」という作品集の中のひとつの詩です。
 
 
最近、JRが第三セクターに北陸の電車の運営を任せてしまったそうで、青春18きっぷでもうすぐ北陸に行けなくなるらしいという記事を読んで、さっそく行けるうちに行ってみたいと思いました。
 
 
萩原朔太郎と言えば、詩集の「青猫」などが有名です。興味がありましたらぜひ読んでみてください。
 
 
むずかしい言葉を調べてみました。

麥(むぎ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AE

たずき〔たづき〕
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/136576/m0u/
 
 
 

 
 
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http://akarinohon.com/center/ryojyo.html
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燕 山村暮鳥

今日は山村暮鳥の「燕」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
今日は短い詩を1つだけ掲載します。3秒で読めますが、印象に残り続けるんじゃないかと思いました。これを映像にしたら、どういうものがありえるんだろうかと思いました。読み足りないと思ったら、山村暮鳥の詩集「聖三稜玻璃」をぜひどうぞ。
 
 

 
 
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仔牛 新美南吉

今日は新美南吉の「仔牛」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
これはごく短い、1ページの詩です。最近、牛が好きでしょうがないんです。この前も書いたんですが、また書いてみます。禅宗の話で「十牛図」というのがあるんですよ。ぼくはこの話を聞いてすっかりはまってしまいました。「牛はどこだ!」といって探し歩いてそれを見つけ、それで元の暮らしに帰るというただそれだけの話しなんですが、なんだか体の記憶を呼び覚ますような普遍性のある話なんですよ。くわしくは、wikipediaの十牛図とか、「十牛図を歩む/上田閑照」を読んでみてください。
 
 
それで、誰がどのように牛を好きなのか調べてみたんですが、夏目漱石が送った手紙に、「牛」という言葉が出てきます。漱石は芥川龍之介や久米正雄に対して、「勉強をしているのですね。何かを書いているのですか」と述べてから、こう書いています。
 
  
僕も其積であなた方の将来を見てゐます。
どうぞ偉くなつて下さい。
然し無暗にあせつては不可(いけ)ません。
たゞ牛のやうに図々しく進んで行くのが大事です。
 
 
それで、次に漱石はこう書いています。
 
牛になる事はどうしても必要です。
吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なりきれないです。

これ、すごくかっこいい手紙なので長文を引用しておきます。漱石は若い人に対してこう書いています。
 
 
あせっては不可ません。
頭を悪くしては不可ません。
根気づくでお出でなさい。
世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、
火花の前には一瞬の記憶しか与えて呉れません。
うんうん死ぬ迄押すのです。
それ丈です。
決して相手を拵(こし)らへてそれを押しちゃ不可ません。
相手はいくらでも後から後からと出てきます。
そうして我々を悩ませます。
牛は超然として押して行くのです。
何を押すかと聞くなら申します。
人間を押すのです。
文士を押すのではありません。
 
 
他にも高村光太郎の詩「牛」を聞くと、農耕の思想が描かれているようで重厚だと思いました。
 
 

 
 
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雨情民謡百篇 野口雨情

 
今日は野口雨情の「雨情民謡百篇」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
野口雨情は、1882年の茨城県生まれで、大正時代から昭和初期に活躍しました。有名な童謡を数多く残した詩人です。創作民謡(新民謡)というものがあって、ずっと昔から郷土で歌われてきた民謡とは違って、民謡を詩人が創作したものがこれにあたります。声に出して読んでみたい詩、というように読むこともできると思います。テンポ良くよめます。雨情は日本各地へ出かけて、その郷土文化を体感して民謡を作りました。
 
 
波浮(はぶ)の港という民謡がとても有名なのだそうです。
 
 
波浮(はぶ)の港


磯の鵜の鳥ヤ
  日暮れに帰る

波浮の港にや
  夕焼け小焼け

明日の日和は
  ヤレ ホンニサ 凪るやら

船もせかれりや
  出船の仕度

島の娘達ヤ
  御陣家(ごぢんか)暮し

なじよな心で
  ヤレ ホンニサ ゐるのやら


1928年にこのレコードが発売されて、日本中で大ヒットとなったそうです。この創作民謡というのは、ラジオとレコードの普及によってもたらされた一つのジャンルであるようです。日本のラジオ放送は1925年からはじまっています。印刷物を安価に大量出版できるようになった昭和後期にマンガが大流行したのと同じで、科学の進歩によって創作の形態が新しく生まれ、その時に郷土愛を歌った詩が数多く創作されていったようです。
 
 
ラジオの放送の開始は、ちょうど関東大震災のころに重なります。その頃に、皆で正しい情報を共有することの必要性を感じて、政府も科学者も大会社もこの、新しいラジオというのを盛んに発展させようとした。雨情はここで、郷土愛ということを日本に広めたいと感じたんじゃないかと思います。文化ってなんのためにあるのかというと、やはり危機に対応してゆくための重要な技術であるのだと思います。危機意識が無い時には文化の必要性は感じないと思うんです。
 
 


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