恋愛論 坂口安吾

今日は坂口安吾の「恋愛論」を公開します。縦書き表示で全文読めますよ。
 
 
坂口安吾は、題名がいつも直接的すぎてギョッとするんですけど、今回も面白い随筆でした。坂口安吾の文章は、レトリックとユーモアに溢れていて、普通の日本語とまったくようすが違うんです。最初の三行がすごいです。戦後2年くらいで発表されたもののようです。 
 
 
戦後には、日本語の整理というのが行われて、それで旧字が簡潔に書ける新字体に改められて「體」という文字は「体」に改められていった時代で、文章が読みやすくなっていったんですけど、坂口安吾は日本語の不味い特徴をこのように指摘しています。

日本語の多様性は雰囲気的でありすぎ、したがって、日本人の心情の訓練をも雰囲気的にしている

実はわれわれはそのおかげで、わかったようなわからぬような、万事雰囲気ですまして卒業したような気持になっているだけの、原始詩人の言論の自由に恵まれすぎて、原始さながらのコトダマのさきわう国に、文化の借り衣裳をしているようなものだ。

まさに自分が陥ってしまっていることを論じていて、みごとな指摘だなあと思いました。坂口安吾を読んでいると、現代の優れた小説の、骨格とか土台とかが見えてくるように思うんです。坂口安吾は「人間の生活というものは、めいめいが建設すべきものなのである。めいめいが自分の人生を一生を建設すべきものなので、そういう努力の歴史的な足跡が、文化というものを育てあげてきた。恋愛とても同じことで、本能の世界から、文化の世界へひきだし、めいめいの手によってこれを作ろうとするところから、問題がはじまるのである。」と指摘している。論理的な人だと思いました。
 
 
「人生においては」という書きだしから「物自体が詩である」に至るまでの文章が凄くて、衝撃を受けました。
 
 

 
 
こちらのリンクから全文読めます。(縦書きブラウザの使い方はこちら
https://akarinohon.com/letters/renairon.html
(約10頁 / ロード時間約30秒)
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